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ベトナムM&Aレポート 第2回 ―ディールの実行・デューデリジェンス・外国人買い手向けEXIT戦略―

2026/09/08

  • I-GLOCAL.CO.,LTD ハノイ事務所
  • 近藤 秀哉

エグゼクティブサマリー

① ベトナムでのM&Aは、対象会社探索からクロージングまで通常7~11か月を要し、大枠のフローは国際的な実務と概ね同じである。ただし署名・クロージングの局面には、M&A承認・資本譲渡税の申告・登記変更というベトナム特有の手続がある。これらは急ぐことができないため、買い手は早めに準備し、十分な時間を見込んでおく必要がある。
② 着手前に固めておくべき構造的な論点がいくつかある。すなわち、取得する持分比率で実際にどこまでコントロールできるか、業種ごとの外資規制の有無、譲渡対価をどのように送金するか、そして最終的なEXITをどう設計するかである。これらを入口の段階で決めておくことで、後々の問題を避けられる。
③ ベトナムの非上場企業に対するデューデリジェンスでは、二重帳簿、非公式な支払い、社会保険料の過少申告、個人名義資産といった論点が繰り返し見つかる。いずれも価格に影響し、場合によってはディールがストップしかねないため、株式譲渡契約(SPA)およびクロージング後の計画のなかで手当てすべきである。

はじめに
前回のレポートでは、ベトナム経済とM&Aが最も活発な業種を概観した。本稿では実行面、すなわちディールの流れ、デューデリジェンスでよく見つかる論点、そして署名前に外国人買い手が押さえておくべき主要なポイントを取り上げる。
全体の流れは国際的な実務に近く、その多くは馴染みのあるものである。一方で、ベトナム特有の手続がいくつか存在し、各ステップには踏むべき順序があり、着手前に検討しておくべき点もある。本稿がベトナムでのM&Aを検討する企業の参考になれば幸いである。

1. ベトナムにおけるM&Aのタイムライン

ベトナムの非上場企業を対象とするM&Aは、対象会社の探索からクロージングまで通常7~11か月ほどを要し、次の4つのフェーズを経て進む。すなわち、準備(1~3か月)、交渉およびデューデリジェンス(3~4か月)、署名・クロージング(3~4か月)、そしてポスト・マージャー・インテグレーション(PMI、6~12か月)である。
署名・クロージングの局面には、ベトナム特有の手続が3つあり、外国人買い手は早め準備しておくべきである。

1-1 税務

外国人買い手による株式取得の多くは、認可当局の承認を要する。申請書の提出後、承認には通常1~1.5か月ほどかかり、当局から照会がある場合はさらに時間を要する。[1]

[1] 承認が一般に必要となるのは、外資比率が50%を超える場合、既に50%超の状態からさらに比率が上がる場合、対象会社が条件付き(規制)業種で事業を行っている場合、または対象会社が国境・沿岸・島嶼地域の土地を使用している場合である。大型案件では競争法に基づく届出が必要となることもあり、一部の規制業種では所管省庁の承認も求められる。

1-2 資本譲渡税の申告

外国人投資家がベトナム企業を取得する場合、売り手は通常、対象会社のオーナー(ベトナム人個人)であり、譲渡に対して個人所得税を負担する。対象会社が有限会社の場合、税額は譲渡益の20%(譲渡益を確定できない場合は譲渡価格の2%)である。対象会社が株式会社の場合は、譲渡価格の0.1%となる。申告はSPA発効日の翌日から起算して10日以内に行う。これは売り手の税負担であるが、買い手も税務ポジションを確認し、SPAに反映させておくべきである。

1-3 企業登記の変更

承認後、新しいオーナーを反映させるため会社の登記情報を更新する必要がある。この手続は主に事務的なもので、先行する承認が適切に取得できていれば概ねスムーズに進む。なおベトナムでは現在、実質的受益者の登録も義務付けられている。[2]

[2] 実質的受益者とは、直接または間接に会社の25%以上を保有する個人、またはその他の方法で会社を支配する個人を指し、事業登録当局への登録が必要である。詳細は、I-GLOCAL CO., LTD.「Provisions on the ‘Beneficial Owner of a Company’ in the Draft Amendment to Corporate Law」を参照されたい。

2.M&Aプロセス開始前に留意すべき点

2-1 支配権と議決権

外国人買い手からよく受ける質問が、取得する持分比率で何ができるのか、という点である。これは会社の形態と定款によって決まる。非上場の対象会社の多くは有限会社(LLC)または株式会社(JSC)であり、議決要件は次のとおり異なる。

したがって、LLCの51%を保有していても単独では普通決議を可決できず、JSCの51%でも事業内容を変更することはできない。また、売り手がJSCの36%を保持していれば重要事項を拒否できる。定款でこれらの要件を引き上げることも可能であるため、比率を合意する前に定款を確認すべきである。

2-2 外資規制

一部の業種では外資比率にも制限がある。ごく一部は外国人投資家に対して閉鎖されており、多くは条件付きで開放され、残りは100%まで認められる。制限の形態は、上限比率(例:銀行は30%)、合弁の義務付け(例:広告)、または重い許認可(例:小売業は店舗ごとに許可が必要)などさまざまである。また対象会社が複数の事業ラインを登録している場合は、最も厳しい制限が適用される。実務上、規制対象や未使用の事業ラインは、事前に削除するのではなく、M&A申請の際に除外して申請するのが一般的である。

2-3 譲渡対価の送金

対価の支払方法は当事者によって異なる。外資比率が50%超の場合は対象会社の直接投資資本口座(DICA)を通じて、50%以下の場合は間接投資資本口座(IICA)を通じて支払う。主なケースは以下のとおりである。

さらに、対象会社がいったんFDI企業(外資50%超)となれば、その株式の譲渡は取得比率の大小にかかわらずDICAを通じて行う(対象会社が外資50%未満の場合はIICAを利用する)。したがって、既に支配している会社の持分を追加で少量取得する場合でも、DICAを用いることになる。ベトナム人売り手への支払いはVND建てとなるため、米ドル建ての価格は支払日の為替レートの影響を受ける。この点はSPAで手当てしておくべきである。[3]

[3] Circular 03/2025/TT-NHNN、2025年6月16日施行。

2-4 EXITの設計

EXITは、署名後ではなく署名前に検討しておくのが望ましい。外国人投資家の多くは、株式市場への上場ではなく、他社への売却によってベトナムから撤退する(そもそも上場できるのはJSCに限られる)。そのため、早い段階でLLCをJSCへ転換し、当初からクリーンな帳簿と資産に対する明確な権利を保っておくことが、後の売却を容易にする。
なお、海外の持株会社を通じて保有していても、EXIT時のベトナムの規制を免れるわけではない。ベトナムは間接(オフショア)譲渡にも課税するため、資本譲渡税はいかなる場合でも課される。また、譲渡により対象会社の最終的な外資所有者が変わる場合には原則としてM&A承認も必要となり、変わらない場合であっても、当局の判断によっては承認が求められることがある。したがって、EXITは税務・法務専門家の助言を得ながら入口の段階で設計しておくべきである。

3.交渉時に留意すべき点

手続面に加え、ベトナムの売り手との交渉ではいくつかの点が繰り返し問題となり、価格と取引のスピードの双方に影響し得る。

3-1 強気な企業価値評価

ベトナムでの企業価値評価は、強気な成長計画に支えられていることが多い。こうした計画は、類似企業や対象会社自身の実績と照らして慎重に検証し、見通しに対する見解の相違を価格にどう反映するかを早めに合意しておくとよい。

3-2 不動産・土地使用権

外国企業はベトナムで土地を直接保有できないため、買い手は土地使用権を保有する会社を取得することで土地へのアクセスを得る。よく見られる問題は2つある。ひとつは、許可なく増築された工場建屋で、登記されておらず、評価も担保設定もできないものである。もうひとつは、創業者個人が保有し会社に貸しているだけの土地である。これらは売り手の書類だけに頼らず、現地および土地当局で確認し、クロージング前に是正しておくべきである。

3-3 資金繰り・運転資本

ベトナムの非上場企業は銀行借入に大きく依存していることが多い。債務超過や、現預金を上回る純有利子負債を抱えながら明確な返済計画がない、というケースも珍しくない。そのため、資金調達の状況と短期の資金繰りをよく確認し、状況が芳しくない場合には新オーナーの下でどこまで改善できるかを検討すべきである。また、創業者が個人資金で会社の借入を保証していることもあるため、創業者の離脱が期限の利益喪失(デフォルト)を引き起こさないか確認する必要がある。

3-4 キーパーソン

ベトナムの非上場企業の多くは、少数の人物、多くは創業者や主力の営業担当者の人間関係によって顧客を獲得しており、その人物がクロージング後に離脱すると売上が急落しかねない。まずは誰がキーパーソンかを特定し、対価の一部をその在籍に紐づける(例えば、2~3年在籍した場合にのみ支払うアーンアウトや後払い)ことが有効である。ベトナムの労働法では従業員に在籍を強制できないため、金銭を継続雇用に結びつけ、引継ぎ期間中に顧客との関係を会社へ移すほうが、「退職を禁じる」条項よりも実効性がある。

4.デューデリジェンスでよく見つかる論点

一定の論点は繰り返し表面化し、金額次第ではディールを止めかねない。したがって、それぞれを慎重に定量化し、必要に応じてSPAおよびクロージング後の計画のなかで手当てすべきである。

4-1 二重帳簿

一部の企業は、税負担を抑えるために正規の帳簿とは別に内部管理用の帳簿をもう一つ持っている。これは認められておらず、税務調査で発覚すれば多額の追徴税や罰金につながりかねない。加えて、現在は請求書データがほぼリアルタイムで税務当局に送信されるため、隠すことも難しくなっている。対象会社の電子インボイスの記録を計上売上と突き合わせて差異の規模を把握し、企業価値はインボイス上の数字を基に評価することを推奨する。クロージング後、計上売上はインボイス上の数字に近づいていく傾向があるためである。

4-2 非公式な支払い

「コンサルティング料」や「ファシリテーション・ペイメント」といった名目で、物事を円滑に進めるために当局者や取引先に対して行われる支払いが見つかることがある。ベトナムでは公務員への贈賄は犯罪であり、支払先・金額・頻度によってはこれに該当し得る。事業運営上そうした支払いが不可欠と見える場合、そのリスクはディールを止めるほど深刻になり得るため、そのような発見事項は直ちに経営幹部および法務に報告すべきである。

4-3 社会保険料の過少申告

雇用主は、基本給と固定的な手当に対して社会保険・健康保険・失業保険(SHUI。雇用主負担約21.5%、従業員負担約10.5%)を拠出する義務がある。通勤手当や住宅手当などの給与性の無い手当は、適切に設計されていればSHUIの算定基礎から除外される。
一部の企業は、SHUIの対象となる部分が実際よりも小さく見えるよう給与体系を操作している。例えば、固定的な手当をKPIボーナスなど変動的な支払いとして計上したり、基本給を低く抑えて給与の大部分をSHUI算定基礎外とされる非給与性手当に振り分けたりする。
この論点が見つかった場合、会社は従業員の労働契約における給与体系を是正する必要がある。ただし、是正すると人件費が増加し、従業員との間で軋轢を生むこともあるため、その影響はクロージング後ではなくデューデリジェンスの段階で事業計画に織り込んで検討すべきである。

4-4 個人名義資産

同族企業では、事業が依存している資産の一部が簿外になっていることがある。創業者個人名義の土地・建物や、個人名義で登録された、あるいはそもそも登録されていないブランドなどであり、会社を買収してもこれらが手に入らない場合がある。ベトナムの商標は先願主義であるため、登録簿を自ら独立に確認し、創業者個人名義になっている場合は、正式な譲渡をクロージングの前提条件としておくべきである。
またベトナムの従業員はオーナーの交代、とりわけ外資による所有に敏感なことが多い。そのため、デューデリジェンスや取引の存在は、可能な限り対象会社内で秘匿しておくほうがよい場合がある。
さらに、クロージング後には元に戻せない重大な問題であっても、取引そのものを断念するのではなく、ディールの仕組みで管理できることがある。すなわち、適切な表明保証と補償のもとでクロージング前に売り手に是正させる、あるいは、譲り受ける従業員・契約・事業資産を保有するクリーンな新会社に対して投資する、といった方法である。いずれの場合も、早い段階で専門家とともに設計すべきである。

 

おわりに
ベトナムでのM&Aの実行は、大枠では馴染みのあるプロセスをたどるが、ベトナム特有の手続がいくつかあり、実務上よく生じる論点も存在する。外国人買い手は、承認手続の順序を理解し、時間と価格について現実的な期待を持ち、署名前にいくつかの重要な点(ストラクチャー、持分比率で得られるもの、対価の送金方法、EXITなど)を固めておくことで、リスクを管理できる。


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