Reportレポート

企業における賃金調整および関連する留意事項

2026/10/09

  • I-GLOCAL.CO.,LTD. ホーチミン事務所
  • Nguyen Thi Thuy Nhi

エグゼクティブサマリー

① 本稿の狙い — 経営環境の変化に伴う人件費最適化のうち、企業が全労働者または特定グループに一括で行う賃金調整を対象に、方法ごとの実施条件・手順・留意点を整理する(個別合意による調整は対象外)。
② 賃金構成の記載方法 — 労働法第90条・第21条に基づき、賃金は基本給・各種手当・その他補足的給付から成る。労働契約への記載は「直接記載」と、他文書を参照する「参照記載」に大別され、これが調整の自由度を左右する。基本給はいずれも労働者の同意が必須。
③ 手当等の調整手順 — 直接記載は労働者の同意(付属書または新契約、第33条)が必要。参照記載は、(a)労働協約参照=集団交渉・過半数賛成・当局届出(第76・77・82条)まで要し企業の裁量が小さい、(b)内部規程/就業規則参照=企業の裁量が大きいが、就業規則の変更は対話・意見聴取と、10名以上の企業では再登録(第118・119条)が必要。
④ 未整備時のリスク — 法的根拠・手順を欠く調整は、原状回復命令・不足賃金と遅延利子の補填・政令12/2022/ND-CP号の行政罰・労働者の一方的解約(第35条)に伴う退職手当支払等の法的リスクを招く。加えて、透明性や対話を欠くと労使関係が悪化し、離職率上昇・生産性低下につながり得る。
⑤ 推奨対応 — 将来の調整に備え賃金構成を合理的に設計しておくことが重要。法的義務がなくても、目的・理由・スケジュールの事前通知、直接説明の機会、意見聴取・回答を自主的に行い、労働者の理解と納得を得ることが安定した労使関係につながる。

はじめに
人件費の最適化、とりわけ賃金の見直しは経営環境の変化が激しい昨今、多くの企業にとって喫緊の課題となっている。しかし、労働者の賃金調整は非常にデリケートな問題であり、労働紛争や法的リスクを回避するために、法と実務の両面から慎重な検討が求められる。本稿では、実務上よく用いられる賃金調整の方法ごとに実施条件および手順を整理する。

なお、本稿が対象とするのは企業が全労働者または特定の労働者グループに対して一括で実施する調整であり、個々の労働者との個別合意による調整は対象外とする。

1. 賃金に関する法規定と実務上の賃金構成の記載方法

労働法第90条によると、賃金とは、使用者が労働者との合意に基づき業務の対価として支払う金額であり、職務・職位に応じた基本給、各種手当およびその他の補足的給付を含む。同法第21条により、これらすべてを労働契約に記載する必要がある。実務上、労働契約における賃金の記載方法は以下の2つに大別される。

(i)直接記載:基本給、各種手当およびその他の補足的給付が、金額または割合として労働契約に直接記載される方法

(ii)参照記載:労働契約には基本給の金額のみを記載し、各種手当やその他の補足的給付については労働協約、就業規則または企業内部規程等の他の文書を参照する方法

原則として、労働契約の内容を変更する際は双方の合意が必要である。「基本給」はいずれの記載方法においても具体的な金額として記載されているため、変更には必ず労働者の同意を要する。一方、「各種手当・その他の補足的給付」については、記載方法によって、企業が単独で変更できる範囲が異なる。以下、各方法の調整手順と留意点を分析する。

2.賃金調整方法の分析(手当・その他の補足的給付)

賃金調整の法的根拠および実施手順は、賃金構成の記載方法と、当該賃金構成項目が参照する文書の種類によって異なる。具体的には以下のとおりである。

2-1 労働契約への直接記載の場合

直接記載の場合は、当該内容が労働契約上の合意内容の一部となるため、いかなる調整も労働者の同意が必要となる。労働法第33条に従い、労働契約の付属書または新たな労働契約の締結によって行わなければならない。

2-2 参照記載の場合

参照記載の場合は、その調整手順および企業の裁量の大きさは、以下の2グループに分類できる。

a. 集団的合意を要する文書(労働協約を参照する場合)

労働協約は企業と労働者集団との交渉・合意を経て締結されるものであるため、これを参照する賃金構成項目の調整には、集団的交渉、全労働者への意見聴取、過半数(50%超)の賛成投票による締結、そして労働法第76条・第77条・第82条に基づく労働行政機関への届出という全工程を経る必要がある。この一連の工程が必要なため、実施までに長期間を要し、企業単独で進められる余地が少ない点が特徴である。

b. 経営管理の主体性を持つ文書(内部規程または就業規則を参照する場合)

このカテゴリに属する文書を参照する場合については、企業が比較的自由に賃金調整を進めることができる。ただし、労働法第63条・第104条・第118条の規定に照らし、適法に実施するためには以下の点に留意が必要である。

第一に、内部規程を参照する場合。ここでいう内部規程とは、財務規程、賃金・賞与規程、人事規程またはこれらに準ずる規程であり、賃金・手当・補助・補足的給付の対象者・条件・給付額を定めるものを指す。これらの規程については、現行法上、企業は変更前に職場での対話手続きや事業所内の労働者代表組織への意見聴取を行う義務はないため、実態に応じて主体的かつ柔軟に内容を改定することができる。

第二に、就業規則を参照する場合。労働法第118条により、就業規則の変更前には職場での対話の実施と労働者代表組織への意見聴取が義務付けられている。また、10名以上の労働者を雇用する企業では、変更後に同法第119条に基づく再登録手続きが必要となり、この点が内部規程の変更と大きく異なる。なお、実務上、就業規則への手当規定の記載は一般的ではなく、就業規則は主として労働規律に関する事項を定めるものである。

3.実施における影響評価とコンプライアンスリスク

十分な法的根拠を欠く、あるいは第2節で分析した所定の手順を踏まえずに賃金調整を行った場合、主に以下の2つのリスクが生じ得る。

第一に、紛争発生時の法的リスクとして、(i)調整が労働契約の合意違反または手続き不備と判断された場合の賃金水準の原状回復命令、(ii)違反時点以降の不足賃金の全額補填および遅延利子の支払義務、(iii)政令12/2022/ND‑CP号に基づく行政罰(違反の性質および影響を受ける労働者数に応じて金額が決定)、(iv)労働法第35条に基づく労働者の一方的労働契約解約権の行使による退職一時金等の支払義務が挙げられる。

第二に、透明性を欠き、また労働者との十分な意見聴取を伴わない賃金調整は、法的義務ではないとしても、労使関係上のリスクをはらむ。具体的には、労働者が賃金政策を一方的に押しつけられたと感じた場合、企業に対する信頼は急速に失われ、集団的不満、離職率の上昇、労働生産性の低下につながりやすい。とりわけ調整の実施期間中においては、その影響が顕著に現れやすい。

法的に対話が義務付けられていない場合でも、企業は自主的な取り組みとして、①調整の目的・理由とスケジュールの事前通知、②当該労働者または部門代表者を対象とした直接説明の機会の設定、③労働者の意見収集および回答の実施、を行うことが望ましい。これらは法的義務ではないものの、賃金調整に際した合意形成と労使関係の安定に不可欠な取り組みである。

 

おわりに
企業による賃金調整の柔軟性は、法規定のみならず、労働契約や内部規程の設計にも大きく左右される。将来の調整に備え、賃金構成の合理的な構築は早期に検討すべき課題といえる。

ただし、手当の変動は労働者に不安感を与え、定着率や労働意欲に影響を及ぼす可能性がある。そのため、制度面の整備に加え、調整の背景や目的を丁寧に説明し、労働者の理解と納得を得ることが、安定した労使関係の維持につながる。


参考文献
・2019年労働法

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・雇用者による賃金支払の留保・控除に関する留意点

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