Reportレポート

ベトナムにおける「チーフアカウンタント」の役割と実務上の注意点

2024/09/17

  • 公認不正検査士
  • 鹿島 妃里子

はじめに

チーフアカウンタントとは、ベトナム法人の会計責任者を意味するベトナム独自のポジションである。日本にはない役職のため、採用の必要性や役割について誤解されている、あるいは適切な人材を採用できず悩みを抱えていることが多い。またチーフアカウンタントに関する経理不正の事例も年々増えている。そこで本稿では、チーフアカウンタントの役割と実務上の留意点について解説したい。

1. チーフアカウンタントの任命

政令174/2016/ND-CPの第20条によれば、企業は遅くとも会社設立日から12カ月経過後にチーフアカウンタントを1名任命する必要がある。任命方法には以下2つの選択肢がある。

方法

留意点

➀チーフアカウンタント資格保有者の自社採用 個人の能力・適性を見定める必要がある。(後述の第4章を参照)
②会計事務所への外部委託 会計事務所が適切な事業ライセンスを有しているか、また任命される個人が以下の3つすべてを保有しているかを確認する必要がある。
・ベトナム公認会計士資格
・チーフアカウンタント資格
・会計業務を実施するための財務省への登録証明書

会社設立後12カ月までの期間は、チーフアカウンタント代理人を採用すればチーフアカウンタントの任命は不要とされているが、求められる能力・要件はチーフアカウンタントと同等であることから、結局のところ設立当初より上記どちらかの対応が実務上は必要となる点に留意いただきたい。

尚、企業が法令上の「零細企業」に該当する場合はチーフアカウンタントの任命は不要であるが、実務上は同様の役割を担う会計担当者が必要であることから、零細企業であってもチーフアカウンタントを採用または外部委託しているケースは多い。零細企業の定義は以下の通りである。

事業分野

以下aとbの2つの条件を満たす必要がある

a)社会保険に加入している労働者の年間平均人数

b) 年間売上 or    総資本金

 農業・林業・水産・工業・建設の場合 10人以下 30億ドン以下 or  30億ドン以下
商社・サービス業の場合 10人以下 100億ドン以下 or  30億ドン以下

(2017年中小企業支援法および2021年8月26日付政令80/2021/ND-CP号)

2. チーフアカウンタントの概要と実務対応

チーフアカウンタントの概要と実務上の対応について以下の表をご覧いただきたい。

仕事内容

税務局へのチーフアカウンタントの登録、監査済財務諸表への署名、会計帳簿への署名、支払証憑への署名、銀行口座開設時のチーフアカウンタントの登録・署名、日々の経理業務全般

資格・条件

(1) 会計に関する大学または専門学校を卒業し、準学士号以上の資格がある。
(2) チーフアカウンタントの養成講座を受講し、その資格証明書を保有している。
(3) 会計に関する4年生大学を卒業している学士号取得者の場合は少なくとも2年以上、その他会計に関する専門学校などを卒業している準学士号取得者の場合は少なくとも3年以上の会計業務経験がある。
(2005年会計法88/2015/QH13)

罰則規定

財務省による金融検査にて指摘を受けた場合に、以下の罰則が適用される。
(1) 規定通りにチーフアカウンタントを任命しない場合:1000万VND~2000万VND
(2) 会計帳簿にチーフアカウンタントの署名がない場合:100万VND~200万VND
(3) 財務諸表にチーフアカウンタントの署名がない場合:500万VND~1000万VND
(4) 出入金の証憑およびその他の会社が規定する証憑にチーフアカウンタントの署名がない場合:500万VND~1000万VND
(政令41/2018/ND-CP、政令102/2021/ND-CP)

チーフアカウンタントの主要な業務として、財務諸表・会計帳簿・支払証憑への署名がある。チーフアカウンタントを会計事務所へ外部委託する場合、外部委託先は各企業の支払業務に対して承認の可否を判断する根拠がないため、支払証憑への署名はサービスの対象外となることが多い。したがって、外部委託の場合でも、支払業務に責任を持って対応できる経理担当者が必要である。

上記のように、チーフアカウンタントの業務内容は多岐に渡るうえ、各種罰則も法令上明確となっている。したがって、企業はチーフアカウンタントの責任義務を労働契約書や財務規定などの社内規定に明記しておくことを推奨する。

3. チーフアカウンタント試験の実態

チーフアカウンタントになるためには、まず、チーフアカウンタントの養成講座を受講し、その後試験に合格する必要がある。養成講座を受講するためには、会計に関する大学または専門学校の卒業やその後の実務経験などの前提条件があるが、難しいものではない。試験問題は定型化された問題が多く、合格率は非公開であるものの、驚異の95~99.9%にも上ると言われている。
つまり、養成講座の受講条件を満たせば誰にでも合格のチャンスがあるため、試験結果がチーフアカウンタントの実務能力と比例しているとは言い切れない。そのため、チーフアカウンタントを自社採用する場合には、実力や適性の見極めをしっかり行う必要がある。

4. チーフアカウンタントを自社採用する場合の注意点

チーフアカウンタントの自社採用を検討される際に留意いただきたい事項を以下の通りまとめる。現在の社内体制に問題がないかどうかを含めご確認いただきたい。
・ベトナムの会計税務は法令が曖昧な部分が多く、またとりわけ外資企業に対する税務調査は厳しいことから、経理に関しての経歴を持つ人材を採用したほうがよく、日系企業かつ同業種での経験があることが望ましい。
・過去には、チーフアカウンタントが自ら経理処理を不正し、逮捕された事例がある。そのため同一人物の長期雇用には慎重な対応をとるほうが良い。
・チーフアカウンタントは機密性の高い人物であるため、社内の他の従業員と血縁関係にあるチーフアカウンタントを採用しない方が良い。
・退職や産休・育休により欠員が出る可能性がある。
・チーフアカウンタントで日本語での対応が可能なベトナム人は少ないとされており、ベトナム語または英語での対応となることが多い。
・経験のあるチーフアカウンタントの給与相場は高い一方で、試験の難易度とチーフアカウンタントとしての実力は比例していないため、採用面接の際は、対象者の経験・知識を十分に見極める。尚、弊社ではチーフアカウンタント採用面接の同席のサポートもしているため、必要に応じてお問合せいただきたい。
・チーフアカウンタントの候補者数は他のポジションと比較して母数が少ないため、採用活動期間は一定程度確保する。
・チーフアカウンタントが担当する各種資料(財務諸表や給与計算など)のバックアップをとるとともに、外国人を含む管理者がいつでも閲覧できる状態にしておく。

おわりに

チーフアカウンタントは、企業にとって経理の要のポジションである一方で、実際にはチーフアカウンタント試験は誰でも取得できる可能性がある資格であり、適切な人材の採用の難易度は高く、また採用の失敗から不正につながることも多い。外部委託も可能なポジションであるため、会社設立後しばらくは無理に採用せずに本業の立ち上げに専念するという選択肢は検討に値する。業種によって適切なタイミングは異なるが、ベトナムでの事業運営が落ち着いたタイミングで自社採用を考えることを推奨したい。

参考文献
・会計法88/2015/QH13
・政令174/2016/ND-CP
・政令41/2018/ND-CP
・政令102/2021/ND-CP
・通達199/2011/TT-BTC
・2017年中小企業支援法
・政令80/2021/ND-CP号

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担当:鹿島 妃里子
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