Reportレポート

ベトナム駐在赴任初年度の給与所得に対する個人所得税①

2020/10/05

  • 米国公認会計士
  • 鈴木 友紀

はじめに
 外国人駐在員に課されるベトナムの個人所得税は、課税対象が幅広いことや、給与のネット保証制度等により、日本で所得税を納税する場合と比べて負担が大きくなる。さらに赴任初年度特有なものとして、居住者判定と課税年度が暦年におけるベトナム滞在日数だけではなく、初入国日から12ヵ月間の滞在日数も考慮されるという制度がある。
 本稿では、このような給与所得にかかわる個人所得税制度について概説する。

1.個人所得税制度の概要
居住/非居住者別の課税について
 ベトナム個人所得税法では、日本と同様に原則としてベトナムで1日でも就労していれば納税の義務がある。そして、居住/非居住により適用される課税ルールが、以下のように異なっている。

項目 居住者 非居住者
居住・非居住
判定
以下の「いずれか」に当てはまる者 a~cのいずれにも当てはまらない
a.暦年でベトナムに183日以上滞在する
b.初入国日から12ヵ月間で、ベトナム国内に183日以上滞在している
c.課税年度内で183日以上の居所の賃貸契約を有しており、かつベトナム国外の税務局等が発行した居住者証明書を持っていない
課税対象所得
の範囲
全世界所得 ベトナム源泉所得(確定できない場合、全世界所得をベトナム滞在日数で日割計算した額に、宿泊代等会社負担の各種手当を加算した金額)
税率 5%~35%の累進課税 一律20%
基礎控除 1100万VND/月 なし
扶養控除 440 万 VND/扶養者/月
(条件)
・18歳未満の子
・18歳以上の子で身体に障害を有し就業できないことの証明書がある者
・就学中の子で平均月収100万VND以下の子 ・就労年齢超で平均月収100万VND以下の配偶者・親等
・就労年齢内で身体に障害をもち、平均月収100万VND以下の配偶者・親等
(注)就労年齢:女性18~55歳、男性:18~60歳(2020年10月現在。以後更新あり)
なし
社会保険控除:
・外国人が母国等で支払う、ベトナムの強制保険と同性質のもの(払込証憑必要)
・財務省のガイドラインを満たす、任意の年金基金掛金(上限100万VND/人/月)
寄付金控除

(出所)通達111/2013/TT-BTCおよびその改正令をもとにI-GLOCAL作成

2.代表的な課税/非課税所得の例と概要
 居住者については全世界所得が課税対象となるほか、金銭以外の形式で付与された福利厚生についても、みなし手当として課税されるが、限定的にいくつかの手当や福利厚生については、一定の条件を満たすことで非課税になり、あるいは課税範囲を限定できる場合がある。主なものは以下のとおりである。

項目 非課税 課税 非課税・課税範囲限定の条件
1 住宅手当 現金を従業員に支給する場合は満額が課税所得。
住宅手当が現物支給(社宅に従業員が住む)の場合「実際の会社負担の住宅費」と「住宅費を除く課税所得の15%」のいずれか小さい方の額
課税額制限の適用条件:
賃貸契約書上の借主が雇用主で、貸主が発行するインボイスが雇用主宛である。実際に会社から貸主に対して家賃が直接支払われている。労働契約書に、家賃を会社が負担する旨が明記されている。
2 子女教育費用 幼稚園から高校卒業相当までの費用 左記以外の費用 労働契約書に学費を会社が負担する旨が明記されている。実際に学費が直接学校に支払われている。学校から会社あてに VAT インボイス・領収証が発行されている。
3 出張費用 会社規程に基づき会社が負担する費用および日当 左記以外の費用 出張規程および毎回の出張について出張決定書がある。VATインボイス、支払証憑などが揃っている。
4 帰国費用 1年に1回の本人の往復航空券費用 2回目以降の本人の帰国費用、家族の一時帰国費用 会社による支払、有効なインボイス、労働契約書に明記されている。
5 車両手当 業務上必要な車両費用・通勤用の車両費用等業務・通勤に関連する交通費 特定個人に対する現金支給(通勤手当)、運転手費用、ファミリーカー 業務目的使用である。会社規定に明記されている。
6 赴任時
引越費用
海外からベトナムへの赴任時引越費用(1回のみ) 2回目以降の引越費用 労働契約書に明記されている。
7 時間外労働 基本給を超える部分 基本給部分、休日出勤手当、法令の上限を超える残業時間に対する手当
8 税務申告費用 会社全体(全従業員)に対する税務申告の手数料 駐在員の所得税計算だけを外部の会計事務所に委託する等、個人や特定のグループに限って付与される申告支援サービスの手数料 労働契約書に明記されている。
9 労働許可・
滞在許可
労働許可証取得費用 ビザ、レジデンスカードの取得費用
10 娯楽費用等 不特定の従業員向けの健康、娯楽、スポーツ等の補助 特定の個人に対する家政婦、スポーツ活動や娯楽給付・支出

 (出所)通達111/2013/TT-BTCおよびその改正令をもとにI-GLOCAL作成
 上述は、代表的なもののみを挙げており、また項目によっては、市・省で実務上の取扱が法令と異なる項目も存在するため、十分な確認が必要である。

3.課税所得および税額の計算方法
 課税所得および税額の計算方法には2つのパターンがある。
  (1)ネット保証(手取り額保証)をする場合
 ベトナムと外国で同じ給与額に対して課される所得税率が異なることにより、給与の手取額が増減してしまう事態を回避する目的で、会社が個人所得税を会社負担とし、駐在員の給与の手取額を日本での手取額と同額になるように調整する場合が多い。このような形式を実務上「ネット保証(手取り額保証)」と称するが、その際には、給与の手取額(NI)をもとに個人所得税込の総額(グロス金額、GTI)を逆算するグロスアップ方式で所得税が計算される。

課税所得(NI) 税率 課税所得(GTI)速算式
0~4,750,000 5% NI/0.95
4,750,001~9,250,000 10% (NI-250,000)/0.90
9,250,001~16,050,000 15% (NI-750,000)/0.85
16,050,001~27,250,000 20% (NI-1,650,000)/0.80
27,250,001~42,250,000 25% (NI-3,250,000)/0.75
42,250,001~61,850,000 30% (NI-5,850,000)/0.70
61,85,001~ 35% (NI-9,850,000)/0.65

 

(出所)通達111/2013/TT-BTCの付録

 (2)ネット保証をしない場合
ネット保証をしない場合の個人所得税額計算方法は以下の通りとなる。

課税所得(NI) 税率 税額速算式
0~5,000,000 5% TI x 5%
5,000,001~10,000,000 10% TIx10% – 250,000
10,000,001~18,000,000 15% TIx15% – 750,000
18,000,001~32,000,000 20% TIx20% – 1,650,000
32,000,001~52,000,000 25% TIx25% – 3,250,000
52,000,001~80,000,000 30% TIx30% – 5,850,000
80,00,001~ 35% TIx35% – 9,850,000

 

(出所)通達111/2013/TT-BTCの付録

4.給与所得の申告・納税方法
 給与所得の申告・納税方法は、以下のようになっている。

(1)TAX コード:勤務開始から10日以内にTAXコードを取得することが定められている。

(2)非居住者:年次確定申告は不要で、四半期の申告・納税のみとなる。各四半期末の翌月末までに申告・納税が必要である。

(3)居住者:
 ①年度内の申告:
 月次申告・納税義務があるベトナム法人から支払われる給与については、翌月20日までに申告・納税が必要である。月次申告・納税義務は、給与支払元となるベトナム法人が設立から12ヵ月以上であり、前年の売上高が500億VND超かつ納税者の月次個人所得税源泉徴収額が50百万VND以上の場合に適用される。
 月次申告義務のないベトナム法人から受け取る給与と、海外法人から支払われる給与については、四半期末の翌月末までに申告・納税する。
 ②確定申告:
 年次確定申告は、2020年分以降は翌年4月末までに申告・納税しなければならない。
後述の5で説明するように、暦年でベトナム滞在が183日未満であって、初入国日から12ヵ月間で居住者と判定された場合には、年次確定申告とは別に、いわゆる「初年度確定申告」を行う必要がある。この場合は、課税期間の満了後、90日以内に申告・納税することとされている。
 なお、駐在員の帰任時など、ベトナム居住者であった外国人がベトナムを去る場合にも、最終の確定申告が要求されている。この最終確定申告は、出国日から 45日以内に実施しなければならない。

5.ベトナム滞在初年度の居住/非居住の判定
 判定は2段階で行われ、これに合わせて課税期間の設定も2つのケースに分かれる。
居住者の給与所得の課税期間は、原則として暦年課税である。ただし、赴任初年度の課税期間は以下のように暦年だけではない状況となっている。

(1) 暦年でベトナムに183日以上滞在した場合の課税期間:入国した日から暦年末

(2) 暦年でベトナム滞在が183日未満であるが、初入国日から12ヵ月間でベトナムに183日以上滞在している場合の課税期間:
 ①第一課税期間:初入国日から12ヵ月間
 ②第二課税期間:初入国日の翌暦年
 第二課税期間からは、居住者として原則通りに暦年課税となる。両期間で一部重複が発生するため、重複する日数分の税額(365日で按分した第一課税期間の税額に重複日数を乗じた額)を第二課税期間の税額から控除できることになっている。
 初入国日の定義は、法律上は明記されていない。法人や駐在員事務所の設立以降で最初にベトナムに入国した日や、任命状に記載された勤務開始日が候補となりそうである。しかし1日でも就労していれば納税の義務があるという法規制と、近年のオフィシャルレター(注1)の趣旨を踏まえ、正式赴任前でも設立準備のためにベトナムに出張するのであれば、その最初の出張時の入国日を初入国日とすることをお勧めする。ただし、税務申告にあたっては、租税条約を締結している国の個人については、「月」単位課税とする規定(注2)があるため、初入国日が属する月の初日が「納税開始日」となる。
 なお、たとえば駐在期間が終了しその任期についての最終確定申告を行ったあと、数ヵ月の期間をおいて再びベトナム駐在に戻ったような場合、すでに確定申告を行った駐在期間も含めて再赴任日から再度居住者判定をするという趣旨のオフィシャルレター(注3)が出ている。再赴任や長期出張を複数回行っている場合には、慎重な検討が必要となる。

(注1)Official letter No.85039/CT-TTHT 2018年12月27日発行
(注2)Circular No.119/2014/TT_BTC 2014年9月1日発効
(注3)Official letter No.970/TCT-TNCN 2018年3月28日発行

おわりに
 本稿では、日本人駐在員の赴任初年度の給与所得にかかわる、個人所得税について解説した。紙面の関係から割愛した論点もあるが、まず所得税の課税年度の判定方法が2段階になっていることが、最も大きな特徴といえる。また課税対象となる手当が幅広く、課税所得額に対する税率が日本よりも高いこと等、個人所得税全体の特徴をご理解いただけたら幸いである。
 手当の課税対象範囲ほか、細かい事項については法令改正や個別のオフィシャルレターに影響される側面が強いため、最新の状況については、会計事務所や専門家に確認されることをお勧めする。
 次回は、日本人駐在員の赴任初年度の個人所得税計算の流れについて、事例に沿って実際の所得税計算の流れを説明する。

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