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2019年労働法のもとで使用者が労働契約を解約する際の基本的な注意点

2021/06/08

  • To Ngoc Anh

はじめに
 労働契約の解約は、ベトナムの法律で認められる使用者の基本的権利の1つであるが、実際に行使することは容易ではなく、法令の手続に従う必要がある。実際、多くの労働争議は、使用者が法律に反して労働契約を解約したという事実から発生している。本稿では、2019年労働法(2021年1月1日発効)のもとで使用者が労働契約を解約する際の基本的な注意点を解説する。
 まず、「労働契約の解約」と「解雇」はまったく異なる概念である。
 「解雇」は、労働者が使用者の労働規律に違反し、窃盗、企業秘密の開示など、2019年労働法第125条に規定された重大な行為を行った場合に適用される労働規律処分の1つである。一方、「労働契約の解約」は労働規律処分ではなく、一定の場合には労働契約の終了前であっても使用者側から一方的に解約することのできる権利である。

1.使用者が労働契約を解約する権利を有する場合
 2019年労働法第36条では、使用者は以下の7つのケースで労働契約を解約する権利を有する。

ケース 1:労働者が、労働契約に従って、業務遂行状況の評価基準(以下、「基準」)に規定される業務を継続して遂行しない。
 このケースを適用するには、使用者は以下の2つの要件を満たす必要がある。
(i)業務を遂行しているかどうかを判断するための、具体的かつ定量的な評価基準を備えた「基準」を作成する。事業所に労働組合がある場合、事業所の労働組合の意見を参考にしなければならない。
(ii)業務を「継続して」遂行しないとみなされる頻度を指定する(例えば2カ月連続、又は6カ月以内に2回など)
 実務上、多くの使用者は上記の「基準」を作成していないか、作成していても不明確なものとなっており、この場合は労働契約を解約するのに十分な法的根拠を有しないこととなる。

ケース 2:労働者が、病気もしくは事故で、連続して12カ月(無期限労働契約の場合)、6カ月(12カ月~36カ月の有期限労働契約の場合)、もしくは契約期間の2分の1を超える期間(12カ月未満の有期限労働契約の場合)にわたって治療を受けたが、労働能力を回復しない。

ケース 3:自然災害、火災、危険な疫病、権限を有する国家機関の要求に従った損害又は移住、生産・経営の縮小があり、使用者が復旧を試みたが、依然として労働場所を縮小することを強いられる。
 ケース 3 の場合、使用者は以下の2つの条件を満たす必要がある。
(i)「危険な疫病」が実際に発生したか、所管官庁の公式発表に基づいて判断する(※1)。
(ii)2019年労働法は「復旧を試みた」方法について具体的に規定していない。そのため、売上増加とコスト削減の事業計画、財政状況が良くないことの証明書など、「復旧を試みた」ことを説明できる書類を十分に準備しなければならない

ケース 4:労働者が労働契約の履行を一時停止したが、法定の期間後に職場に復帰しない。
 兵役に就く場合や、妊娠中の女性労働者など(※2)は、労働契約の履行を延期する権利を有する。ただし、一時停止期間の終了から 15 日以内に職場に復帰する必要があり、期限内に復帰せず、別途の合意又は法律による規定がない場合、使用者は労働契約を解約できる。

ケース 5:2019年労働法第169条が規定する定年となった場合(ただし、別途の合意がある場合を除く)。
 2012年労働法では、「定年となり、かつ社会保険加入期間を満たした(通常の場合20年間)」という2つの条件を満たした際に労働契約が終了する。つまり、定年となった労働者であっても、社会保険加入期間が不足していると使用者は労働契約を解約できなかった。2019年労働法に基づくと、社会保険加入期間に関わらず定年となった場合、使用者は労働契約を解約できると解釈されている。

ケース 6:労働者が、自らの意思で、5営業日以上連続で正当な理由なく仕事をしない(欠勤)。
 ケース 6 を適用する場合、使用者は以下の点に注意しなければならない。
(i)使用者側が、労働者が自らの意思で仕事をしていないことを証明する。
(ii)欠勤に正当な理由がない。自然災害、火災、自身又は親族が病気であり権利を有する医療施設が発行した証明書を有する、又は就業規則で指定されたその他の場合は、正当な理由があるとみなされる(※3)。
 2012年労働法では、無断欠勤を理由として労働契約を終了するためには「解雇」の労働規律処分を行う必要があり、この処分手続は実務上、手間がかかるため使用者にとってハードルが高かった。2019年労働法により、解雇ではなく労働契約の解約を適用できることとなり、手続にかかる手間及びリスクが大きく減少したことから、この法改正は使用者にとって有益となると考えられる。

ケース 7:労働者が誠実な情報を提供せず、使用者による労働者の採用に影響を与える。
 労働者は使用者に対して氏名、生年月日、学問水準等の情報を誠実に提供する義務がある(※4)。誤った情報が提供され、採用判断に影響を与えた場合、使用者は労働契約を解約できる。上記に加えて、労働契約を解約するにあたり、基本的に労働者と協議・同意を得る必要がある。

2.使用者が労働契約を解約する権利を有しない場合
 2019年労働法は、労働者との労働契約を解約する権利を有しない3つのケースを規定する(※5)。

ケース 1:労働者が病気、又は労働災害、職業病で、権限を有する医療施設の指定に従って治療、静養中である場合。ただし、上記 1.のケース 2 で規定されている、病気・事故によって長期間、労働能力が回復しない場合を除く。

ケース 2:労働者が年次有給休暇、私的な休暇又は使用者の同意を得たその他の休暇中である。

ケース 3:女性労働者が妊娠中、産休中又は生後12カ月未満の子供を養育している。

 上記いずれかの場合、使用者が労働契約を解約することは違法となる。

3.労働契約を解約する前の通知の時間
 上記 1.のケース 1、2、3、5、及び 7 に基づいて労働契約を解約する場合、以下の通り労働者への事前通知が必要となる。
(i)無期限労働契約の場合:少なくとも45日前
(ii)12カ月から36カ月の期間の有期限労働契約の場合:少なくとも30日前
(iii)12カ月未満の期間の有期限労働契約及び上記 1.のケース 2 で規定される場合:少なくとも3営業日前 (iv)対象者が取締役会長、会長、社長/総社長などの特別な職位(※6)である場合は、事前通知期間の定めがその他の労働者と異なっており、以下の通りとなる
-無期限労働契約又は12カ月以上の期間の有期限労働契約の場合:少なくとも120日前
-12カ月未満の有期限労働契約の場合:少なくとも労働契約で定められた契約期間の4分の1以上の期間
上記 1.のケース 4、6 に基づいて労働契約を解約する場合は、事前通知は不要である。
 要約すると、2019年労働法において労働契約を解約する手続は、事前通知が必要な場合と不要な場合の2つに分けられる。

4. その他の注意点
4.1 法律に反して労働契約を解約する場合
 使用者による労働契約の解約は、以下いずれかの場合、違法とみなされる(※7)。
  -上記 1.で規定された法的根拠を有しない
  -上記 2.のいずれかに該当する
  -上記 3.で規定される事前通知を行わない

4.2 法令に違反して労働契約を解約した使用者に対する罰則等
 労働契約の解約が法令に準拠していない場合、使用者は以下の義務を負う可能性がある。
・締結済みの労働契約に従って労働者が再び働くことを受け入れる
・労働者が就業できなかった日数の賃金、社会保険、医療保険、失業保険を支払い、かつ賃金の少なくとも2カ月分を追加で支払う
・上記 3.に記載した事前通知期限に関する規定違反があった場合は、事前通知がされなかった日数に相当する賃金を支払わなければならない(※8)。これに加えて、労使紛争に発展した際の訴訟費用や行政処罰、又は使用者のレピュテーションへの影響等の損害が発生する可能性がある。

おわりに
 2019年労働法では、使用者が労働契約を解約する権利について明確に規定されている。労働法を順守しつつ、必要な場合には上手く適用できるように、本稿をご参考いただけると幸いである。

注釈
※1) 2007年感染症予防法の第38条
※2) 2019年労働法の第30条
※3) 2019年労働法の第125条
※4) 2019年労働法の第16条第2項
※5) 2019年労働法の第37条
※6) 2020年企業法の第4条第24項
※7) 2019年労働法の第39条
※8) 2019年労働法の第36条第2項

参考文献
-2019年労働法
-2020年企業法
-2007年感染症予防法
-政令145/2020/ND-CP

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