Reportレポート

ベトナム子会社が整備すべき社内規程

2021/04/20

  • 日本国公認会計士
  • 山中 宏仁

はじめに
 日系企業がベトナムでM&Aを実施する際、デュー・ディリジェンス(以下「DD」)もしくは買収完了後に駐在員を出向させたタイミングで、買収対象会社の内部管理体制を確認することが多い。日本企業の感覚では、主要業務やコンプライアンスに係る社内規程がある程度存在するのが当然であり、規程が適切に運用されているかをDD等で確認したいと考えるかもしれない。
 ところがベトナムでは、対象会社がほとんど規程を作成しておらず、規程の存在を前提とする日系企業の目線では内部管理体制が確認できないことがある。この状況はM&Aでないケース(自社設立等)でも散見され、設立後数年が経過し、ふと現地法人の管理体制を見直した際、規程が無いため実態確認ができないことがある。
 本レポートでは、なぜこのようなギャップが生じるのかを理解するため、そもそもベトナムではどのような規程が必要なのか、法令に照らして整理する。
 なお、本レポートは当社の専門領域である会計税務・人事労務の観点から整理を行ったものであり、製造品質、環境規制や、業種特有の法令については対象外としているため、予めご留意いただきたい。

1.上場区分による分類
 まず、ベトナム法令上、会社が証券取引所に上場しているかによって、作成すべき規程が異なっている。加えて、親会社が日本の上場会社である場合は、金融商品取引法に基づく内部統制報告制度(俗に言うJ-SOX)の対象となり、制度上、グループ管理の観点から、子会社の規程についても整備が必要となる。

 上場区分ごとに必要な規程を整理すると、以下の通りとなる。

子会社がベトナムで非上場 子会社がベトナムで上場
親会社が
日本で非上場
・定款1
・就業規則2
・財務規定(Financial Policy)
・定款
・就業規則
・財務規定 (Financial Policy)
・株主総会や取締役会の手続・権限等に関する規定
親会社が
日本で上場
・定款
・就業規則
・財務規定 (Financial Policy)
・J-SOX 適用の一環で子会社が作成すべき各種規程
・定款
・就業規則
・財務規定 (Financial Policy)
・株主総会や取締役会の手続・権限等に関する規定
・J-SOX 適用の一環で子会社が作成すべき各種規程

 上記どのパターンであっても、定款に加えて、就業規則及び財務規定 (Financial Policy)が必須となっている。定款は企業法、就業規則は労働法で要求されている。更に就業規則及び財務規定を作成しない場合、法人税上のリスクが生じる。就業規則及び財務規定(付録となるAppendixを含む)には、従業員の賞与の計算式・各種手当及び福利厚生の支給方針等を記載するが、法人税上、ここに記載の無い給与等は損金算入が認められないため、税務調査時に指摘され、追徴課税を受けるリスクがあるためである。

 子会社が上場、親会社が非上場のパターンでは、上記に加えて株主総会や取締役会の手続・権限等に関する規程が必要となる。これらは政令 71/2017/ND-CP 及び当政令のガイダンス 95_2017_TT-BTC に基づき、主に以下の規程から構成されている。

 イメージとしては、取締役や監査役が法令や倫理規範、定款に照らして、適正に業務執行を図ることを確保するための規程であると考えられる。
✓ コーポレート・ガバナンスに関する社内ルール (政令71号第7条)
✓ 株主総会の議案・議事録 (同第8条2号、第16条)
✓ 取締役会の業務執行に関する報告書 (同第9条)
*報告書の内容としては、取締役の報酬、取締役会の議事録、内部監査の報告書等
✓ 監査役の業務執行に関する報告書 (同第10条) 等

 子会社が非上場、親会社が上場のパターンでは、定款・就業規則及び財務規定に加えて、J-SOX制度の観点から各種規程を作成する必要がある。
 J-SOXのコンセプトをごく簡略化して記載すると、「連結グループ内の各会社を、売上高等、事業規模を推し量れる定量的な指標に定性判断を加えてグルーピングし、事業規模の大きさ等に応じて、各社に財務報告に関連する管理体制を整備・運用することを要求する。」というものである3。

 以下の通り、連結グループ内での子会社の事業規模に応じて規程類の作成・運用が要求される。
✓ 事業規模が大きくない場合:
経営理念倫理・コンプライアンス関連懲罰社内意思決定(取締役会・稟議等)のプロセス職務権限・職務分掌人事評価経理・決算処理手順等に関する規程が一般的に要求される4。
✓ 事業規模が大きい場合:
上記に加えて、事業目的に大きく関わる勘定科目 (一般的な事業会社の場合、原則として売上、売掛金及び棚卸資産)に至る業務プロセスに関する規程類が必要となる。具体的には、各業務プロセスの業務記述書、業務フローチャート及び各業務プロセスでエラーが起きやすいポイント等をまとめた Risk Control Matrix (RCM)を作成することが一般的である。

これを踏まえ、上場区分ごとに必要となる規程を再度整理すると、以下の通りとなる。

子会社がベトナムで非上場 子会社がベトナムで上場
親会社が
日本で非上場
・定款
・就業規則
・財務規定 (Financial Policy)
・定款
・就業規則
・財務規定 (Financial Policy)
・株主総会や取締役会の手続・権限等に関する規定
親会社が
日本で上場
・定款
・就業規則
・財務規定 (Financial Policy)
・J-SOX 適用の一環で子会社が作成すべき各種規程<事業規模が大きくない場合>
経営理念倫理・コンプライアンス関連懲罰社内意思決定(取締役会・稟議等)のプロセス職務権限・職務分掌人事評価経理・決算処理手順等に関する規程<事業規模が大きい場合> 上記に加えて、事業目的に大きく関わる勘定科目に至る各業務プロセスの業務記述書業務フローチャート及びRisk Control Matrix (RCM)
・定款
・就業規則
・財務規定 (Financial Policy)
・株主総会や取締役会の手続・権限等に関する規定
・J-SOX 適用の一環で子会社が作成すべき各種規程 (左記参照)

 ベトナムでは、上場区分にかかわらず、法令上必須となる規程がほとんど無い状況である。一方、親会社はベトナムに投資する資力があり、上場もしくはそれに準ずる規模であることが多い。自社の管理体制を念頭に置くと、子会社に対する期待値が高くなり、結果として冒頭で述べたギャップが生じていると考えられる。

2.有用と考えられる規程
 上記1.で記載したギャップを埋めるには、子会社にどのような指示をすべきだろうか。

 この点、J-SOX制度を参考に、経営理念倫理・コンプライアンス関連懲罰社内意思決定(取締役会・稟議等)のプロセス職務権限・職務分掌人事評価経理・決算処理手順等に関する規程を作成・運用するのが、コスト・ベネフィットの観点から望ましいと考える。
 社内意思決定のプロセスや職務分掌、人事評価は、会社をコントロールする際の根幹となるため、客観的なルールを文書化するメリットが、作成コストを上回るものと思料する。経理・決算処理手順についても、会社は決算(業績)によって評価されるため、適正な決算処理手順を文書化して、親会社がモニタリングできる体制にしておくメリットは大きい。
 ここで重要なのは、規程作成と、これを適切に運用するためのスタッフのトレーニングやモニタリングは、セットで考えるべきという点である。スタッフに規程の必要性を周知徹底し、運用状況のチェックを行い、放置劣化が起きない様、根気よくフォローしていくべきである。運用にあたり、外部専門家のサポートを受けることも一案として考えられる。

 子会社がJ-SOX制度上「重要な事業拠点」に該当する場合の規程、すなわち重要な業務プロセスの業務記述書、業務フローチャート、RCMも有用ではあるものの、運用状況チェックまで含めるとかなりのコストがかかると想定される。コストを上回るベネフィットがあるか、慎重に検討するのが望ましい。

おわりに
 本レポートでは、ベトナム子会社が整備すべき規程について、法令の要求事項に照らして整理した。多くの場合、法令上必須となる規程はほとんど無い と整理されたが、親会社にとってベトナム子会社の規模が大きい場合は、J-SOX制度を参考に基本的な規程を作成・運用するのが望ましい。
 親会社として考える「あるべき姿」と、ベトナムにおける実務とのギャップを理解し、またコスト・ベネフィットを勘案し、合理的な管理体制を構築して頂ければ幸いである。

1 2019年企業法第11条、第21条、第22条
2 2019年労働法第118条
3 詳細は金融庁の公表資料等を参照されたい
4 制度上は、全社的な内部統制及び全社的な決算・財務報告プロセスという項目を評価するため必要となる

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