Reportレポート

ベトナムの移転価格税制に関して経営者が把握すべき事項②

2021/06/24

  • 中村 祐太

はじめに
 「移転価格税制に関して経営者が把握すべき事項①」では移転価格税制の概要等についてまとめた。移転価格税制への対応にあたり、まずは自社が移転価格文書の作成対象かを確認し、対象の場合は移転価格文書を準備いただきたいが、必要な移転価格文書を作成している場合でも、税務調査で移転価格税制に関する指摘を受けることがある。本稿では弊社の経験をもとに、税務調査で実際に指摘されやすい項目についてまとめる。社内での書類整備や、税務調査の対策にご活用いただきたい。

1.フォームや文書作成免除に関する指摘
 移転価格フォーム(以下、「フォーム」)に関しては以下のような指摘が多い。

① フォームを作成していない。
 提出が必要なフォームを把握しておらず、提出をしていない、または未提出による行政上の罰金を避けるため、フォームを空欄で提出しているケースが散見される。
 詳細のプロセスは公表されていないものの、税務当局はフォームの内容をもとに企業の移転価格税制に関する税務リスクを分類し、リスクの高い企業に優先的に税務調査を行っているとみられる。
 そのためフォームが未提出または未入力である場合は税務当局から高リスク対象と認識され税務調査を受ける可能性も高まるため、必要なフォーム(特にフォーム 1)を必ず入力、提出するようご注意いただきたい。

② フォームとローカルファイルの内容に齟齬がある
 フォームを提出している場合でも、フォームの内容がローカルファイルの内容と異なっているケースが散見される。
 ローカルファイルの作成期限は法人税の確定申告書の提出期限までであるが、実際は確定申告後に作成することも多い。その場合、フォームを先に提出することになるので、フォームに記入した情報(たとえば価格算定方法)とローカルファイルの内容が異なる原因となる。
 フォームとローカルファイルの内容に齟齬がある場合、法令上税務官はフォームの内容が不十分であるとして推定課税を行うことができるため、危険である。
 そのためローカルファイル作成後は必ずフォームの内容を見直し、フォームの内容を修正申告する、または内容が異なる理由をローカルファイルに明記することをお勧めする。

 次に文書作成免除に関する典型的な指摘について説明する。文書作成基準は移転価格文書の作成要否を判断するうえで重要なものであるが、移転価格文書を作成していない場合、以下のような指摘を受ける可能性があるため、ご注意いただきたい。

③ 文書作成免除に該当し、取引価格に関する説明資料を残していない
 文書作成免除要件を満たしている場合も、たとえばベトナム現地法人の赤字が続いている場合や関連者との取引の利益率が低い場合等に、関連者との取引価格の妥当性に関する説明を求められることがある。
 そのため移転価格文書の作成の必要がなくても関連者取引に関する説明資料をしっかり残しておくことが重要になる。具体的には①契約書・インボイス・引渡議事録等の証憑、②関連者との価格設定の方針や、関連者・非関連者間で価格が異なる場合の理由(契約条件の違い等)に関する書類を作成・保管いただきたい。

④ 2017年3月以前の決算期について
 文書免除規程については政令 No.20/2017 /NĐ-CP が導入されたのが2017年であり、当該政令により、2017年6月以降に到来する決算期については文書免除規程が適用される。
 一方で2017年3月以前の決算期については法令上、免除規定はなく、関連者取引のあるすべての企業は移転価格文書の作成対象となる。
 そのため2017年3月以前の決算期については、特に関連者との取引が大きい、利益率が低い場合には移転価格文書(ローカルファイルのみ)の作成を推奨する。

 本章で説明した4つの典型的指摘に対する対策をまとめると下表のようになる。

典型的な指摘に 対する対策 ①必要なフォームを入力、提出
②ローカルファイルとフォームの内容の整合性確保
③関連者取引にかかる説明資料整備
④2017 年 3 月以前の決算期のローカルファイル作成を検討
対策まとめ ・必要なフォーム、移転価格文書を把握し整備。

 本章で説明した指摘に関しては、推定課税につながる指摘も多いため、漏れがないよう必要資料を整備
していただきたい。

2.移転価格文書の内容に関する指摘
 移転価格文書の内容に関して、関連者間の取引の内容が独立企業間価格で行われているか、という観点での本質的な指摘も多い。
 以下の典型的な指摘を受けた際に説明できるよう、資料の準備・移転価格文書の内容の理解を進めていただきたい。

⑤ グループ内のサービス費用に関する指摘
 一般に会社の支払ったサービス費用が法人税上損金算入されるためには、インボイスや契約書、サービスの進捗にかかる報告書等必要な証憑を揃えておく必要がある。
 さらに、その支払が関連者に対するものである場合は移転価格の観点からも確認され、その支払に合理性がないとみなされた場合は、法人税上損金算入が否定される。
 そのため、移転価格文書に以下の項目を記載することをお勧めする。
 ・マスターファイルにおいて、当該サービスを提供した関連者が、グループ内で当該サービスを提供する機能を持つこと。
 ・ローカルファイルにおいて、サービス契約の内容・範囲・取引条件・価格決定方針・サービスにより受ける便益について記載(サービス契約に妥当性があることを示す)。

⑥ 関連者と非関連者の利益率を比較される
 税務調査で関連者との取引に関する利益率が非関連者との取引より低い場合、理由の説明を求められる。そのためその理由をローカルファイルに明記すべきである。
 具体的には取引内容や契約条件の違い等について明記する形になる。
 また、価格決定において、関連者との取引についても利益が出るような設定にすることが重要である。

⑦ 移転価格算定方法に関する指摘
 現在最も多く用いられている移転価格算定方法は取引単位営業利益法(以下、「TNMM」)であり、自社と比較対象企業の営業利益率を比較するものである。その理由としては、価格や売上総利益率等を比較する他の算定方法に比べ、営業利益率で比較するため、より幅広い費用を踏まえた状態で、比較すること等があげられる。
 一方でたとえば広告費が過大な場合等、何らかの理由で販管費を含めると利益率が低くなってしまう場合は、別の算定方法を選択することも多い。
 TNMMを利用しない場合は特に、取引の性質や企業の費用構造を踏まえ、算定方法を選定した合理的な理由をローカルファイルに記載することをお勧めする。

⑧ 比較対象企業の選定に関する指摘
 比較対象企業の選定は、事実上の国際標準である Bureau van Dijk 社のデータベースを使用することが多い。
 それに対して税務当局は、企業側に開示されていない税務当局の内部データベースを基に、比較対象として利益率の高い企業が妥当であるという指摘をしてくることが多い。
 この対策としてはローカルファイル中に比較対象企業の選定方法について詳細に明記し、税務調査でも選定方法の妥当性を説明できるようにしておくことが重要である。
 また税務官が選定した比較対象企業についても内容を確認し、その企業が独立企業でない場合、関連者の影響を受けている可能性があり比較対象として妥当でない等反論することも考えられる。

 本章で説明した4つの典型的指摘に対する対策をまとめると下表のようになる。

典型的な指摘に対 する対策 移転価格文章中で以下の妥当性を説明
⑤グループ内のサービス費用
⑥関連者と非関連者の利益率の違い
⑦移転価格算定方法の選定
⑧比較対象企業の選定
対策まとめ ・ローカルファイル作成時に妥当性を確認
・税務リスクに応じて今後の関連者取引の内容や価格設定を適宜見直し

 本章で説明した指摘に関しては、移転価格文書作成時に内容を確認し、税務調査時に説明できるよう準備いただきたい。また現状の関連者間の取引内容や価格設定で税務上のリスクが懸念される場合は、今後のグループ間取引の内容や価格設定を見直し、税務リスクを低減させるよう取り組んでいただきたい。

おわりに
 ベトナムの税務調査が厳しいことは有名であるが、その中でも移転価格税制は指摘額の大きさから特に注意すべきである。
 自社が移転価格文書の作成対象かを確認し、移転価格文書を準備した場合でも、フォームや移転価格文書の内容について指摘を受ける可能性があるため、本稿を参考に更なる税務リスク低減に取り組んでいただければ幸いである。

以上

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