Reportレポート

海外で支払っている保険料に関するベトナム個人所得税上の取り扱いや留意点について

2024/04/16

  • Mai Thi Dung

はじめに
 外国人駐在員がベトナムに出向する際、通常、ベトナム国外の海外の親会社から引き続き給与を受け取り、かつ海外で厚生年金保険・健康保険・雇用保険などの各種保険に加入することが多い。また、海外の親会社が支払った給与のうち、一部または全額を、ベトナム法人がその後親会社に返済する場合がある。このようなケースにおいて、ベトナムで個人所得税を計算する際、海外で支払った保険料を控除対象にできるのか、また、どのような場合に控除できるのかが問題となる。

 本稿では海外で支払っている保険料のベトナム個人所得税上の取り扱いや留意点について、ベトナムの現行規定、税務総局と地方税務局の案内、税務調査などにおける実務に基づいて説明する。

1.ベトナムで個人所得税を申告する際に控除できる保険項目
 2013年8月15日付財務省発行通達第111/2013/TT-BTC号第9条の第2項のa)では、個人所得税の計算の際、以下の項目が控除対象となることが規定されている。

「2.任意加入年金基金と保険項目が控除となる
a)なお、保険項目には厚生年金保険・健康保険・雇用保険、また一部の職業については加入が義務付けられている賠償責任保険が含まれる」

 すなわち法令上は、厚生年金保険・健康保険・雇用保険といった強制保険が控除対象となっている。

2.海外で支払った強制保険料を控除対象にできる場合
 2013年8月15日付財務省発行通達第111/2013/TT-BTC号第9条の第2項のc)では、外国人駐在員がベトナムの居住者になる場合と、ベトナム人がベトナムの居住者であるが海外で勤務している場合の2パターンについて、控除できる保険項目が規定されている。

 「c)駐在員がベトナム居住者である場合、またはベトナム人がベトナム居住者であるが海外で仕事をしている場合、海外から給与または報酬を受け取り、また現地の規定に従ってベトナムと同様の強制社会保険に海外で加入している場合:
 当該保険は、厚生年金保険・健康保険・雇用保険、一部の職業について加入が義務付けられている賠償責任保険、(あれば)その他の強制保険が含まれる。この場合、ベトナムで個人所得税を計算する際、課税所得から当該保険料を差し引くことが可能である。なお、海外で上記の保険に加入しているベトナム人と駐在員は、海外で控除された保険料の証明書類(日本の給与明細など)があれば、個人所得税を計算する際に課税所得から差し引くことが可能である。書類をすぐに準備できない場合は、確定申告の際に一括で控除できる」

上記の規定によると、次の条件を満たす場合に、ベトナムにおける個人所得税の計算の際、海外で加入している保険の保険料を控除できると解釈できる。
(i)本人が海外から給与や報酬を受け取っている
(ii)海外で加入している保険項目は、現地国の規定上強制保険であり、かつベトナムの強制保険と同様のものである

 そのため、日本親会社が駐在員の給与を支払った後に、ベトナム法人に全額を返済するよう求めた場合、駐在員の個人所得税を計算する際、当該保険料を控除できないリスクがある。これは駐在員の給与をベトナム法人が負担することになり、上記(i)の条件を満たさなくなると考えられるためである。ベトナムの法律文書に、海外での給与とベトナムの給与の概念が明確に記載されていないにもかかわらずである。

3.税務総局と地方税務局の案内、及びベトナム税務検査と税務調査の実務の紹介
 当社のこれまでの税務調査及び税務検査サポート業務においては、ベトナム法人が日本親会社に駐在員の給与の100%を返済した場合でも、海外で支払っている厚生年金保険・健康保険・雇用保険などの保険料は個人所得税の計算にあたって控除できており、当局の税務調査チームもこれについて同意している。また、ベトナム法人が駐在員の給与を負担し、日本親会社が支払った給与の100%を返済するケースにおいても控除できることは、ベトナム最大の都市であるホーチミンの税務局が2020年12月31日付で発行しているオフィシャルレター第18572/CT-TTHT号によって案内されている。

 しかし、2023年12月29日付で税務総局から発行されたオフィシャルレター第6002/TCT-DNNCN号では、以下のように案内されている。
「日本親会社がベトナム駐在員に給与を支払った後、ベトナム法人が給与の100%を返済する場合、ベトナムにおいて個人所得税を計算する際、海外で支払った強制保険は控除できない」

 上記税務総局のオフィシャルレターには、控除対象外となる明確な理由は記載されていない。ベトナム法人が日本親会社の支払った給与の全額を返済することで、実質的に海外での給与は発生していないものと税務当局は考えていると、当社は推察している。

 税務総局により案内が発行された場合、地方税務局も後に税務総局の案内に基づいた解釈を行う傾向がある。そのため、日本親会社が駐在員に給与を支払い、その後ベトナム法人に支払った給与の全額を返済するよう求める場合、駐在員が海外で加入している保険の保険料は控除できなくなる可能性がある。今後、保険料の控除の際には、上記リスクを勘案のうえ、必要な場合は控除を適用する前に書面で税務当局に確認することを推奨する。

おわりに
 以上、税務総局や地方税務局の案内及び税務調査における実務の紹介を行い、海外で支払っている保険料のベトナム個人所得税上の取り扱いや留意点について説明した。ご参照いただければ幸いである。

参考
・2013年8月15日付財務省発行通達第111/2013/TT-BTC号(個人所得税法のガイドライン)
・2020年12月31日付ホーチミン税務局発行オフィシャルレター第18572/CT-TTHT号(海外における強制保険の保険料に関する個人所得税の政策について案内しているオフィシャルレター)
・2023年12月29日付税務総局発行オフィシャルレター第6002/TCT-DNNCN号(海外における強制保険の保険料に関する個人所得税の政策について案内しているオフィシャルレター)

M000112-181
(2024年4月16日作成)

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