Reportレポート

会社・駐在員事務所設立後の労務手続概要

2021/07/26

  • 米国公認会計士
  • 鈴木 友紀

はじめに
 設立したばかりの外資企業や駐在員事務所では、銀行口座開設や税務上の各種手続、労働許可・滞在許可の取得等、事業開始や駐在員の生活に直結する事項の対応に追われ、労務については後回しになってしまいやすい。しかし、労務にかかる法制度を理解し積極的に関与することは、労務上の問題をより早く察知できる可能性が高まり、内部管理上も望ましいと考えられる。特に2021年1月1日から改正労働法が施行され、労働契約や就業規則の整備等主要な事項についても取扱が変わったため、要点を把握しておきたい。
 本稿では、会社・駐在員事務所設立後に早期に対応すべき労務関連の手続や報告について説明する。

1.会社等の設立後に必要となる労務手続
 会社や駐在員事務所を設立し人材を採用する場合に必要になる主要な労務手続としては、➀労働契約の締結、➁社会保険等の加入および保険料納付、➂労働組合費の納付、➃就業規則の作成・社内公布・登録、➄定期的な雇用・労働についての報告等がある。

➀労働契約の締結
 労働者を採用する際、最初に必要となるのは労働契約書である。これらの契約は給与や報酬を支給するための根拠書類であり、作成されていない場合には、支給した金銭が法人等において費用として認められない。駐在員事務所の場合はベトナムで法人税を納めることがないため、法人のように費用と認められるかどうかの問題は生じないが、駐在員事務所の個人所得税の納税が労働契約に基づき適切に実施されていることが証明できない場合、将来的に個人所得税の追徴リスクがある。法人・駐在員事務所とも労働契約は給与支給の根拠資料であり、後述の社会保険登録のためにも必要となり、労働契約の整備状況は労働局や社会保険局による査察で最初に調査されるものであるため、労働法では、労働契約の形態と種類について以下のように規定している。

・契約は書面によることを原則とするが、電子契約も認める。
・有期契約は最長36ヵ月間までとする。
・同一人物について有期契約は2回まで締結でき、その後は無期契約を締結する。
・名称を問わず「報酬のある業務、賃金ならびに一方当事者の管理、指揮および監督」について定められていれば労働契約と擬制する。

 労働契約書の主な記載事項は労働法において列挙されている。法令が許す範囲において、勤務時間や報酬等の主な記載事項のほかに守秘義務や福利厚生等労使間の具体的な権利義務を定めることもできる。
 現地の会計・法律事務所では労働契約書のサンプルを準備していることもあるので、適宜利用されたい。

➁社会保険等の加入および保険料納付
 ベトナム人労働者を雇用した場合には、社会保険、健康保険、失業保険の加入が必要となる。試用期間中の労働契約試用契約も加入対象となるため、留意が必要である。外国人現地採用者や、労働許可の発給要件の厳格化により出向者としての労働許可を取得できなかった外国人駐在員も、社会保険と健康保険に加入しなければならない(2022年からは社会保険のうち、「退職年金・遺族給付基金」にも加入することとなる。)
 以下は2021年7月現在の保険料の一覧表である。保険料の算定のベースとなる給与(以下「社会保険料算定用給与」)に対して以下の割合が定められている。

強制保険の種類
・分類
雇用者負担 労働者負担 外国人労働者の加入義務
社会保険 疫病・妊娠出産給付基金 3.0% 0.0% 3.0% あり
労災・職業病給付基金 0.5% 0.0% 0.5% あり
退職年金・遺族給付基金 14.0% 8.0% 22.0% 2022年から
健康保険 3.0% 1.5% 4.5% あり
失業保険 1.0% 1.0% 2.0% なし
合計 21.5% 10.5% 32.0%

 

 

 

 社会保険料算定用給与は「公務員の最低賃金の20倍」が上限とされている。公務員の最低賃金は毎年 のように改定され上方修正されるため、留意が必要である。なお、2019年7月の改定以降2021年の本稿執筆時点までについては、 COVID-19の感染拡大により国内経済が影響を受けていることを鑑み、公務員の最低賃金は改定されていない。
 社会保険等の加入・脱退・給付申請手続には細かな規定があり、労働者の出退勤状況に影響を受けるので、毎月正確な計算が必要である。未納や滞納の場合は遅延利息がかかり、罰金となることもある。 さらに駐在員事務所の場合、社会保険手続に誤りや未納があると、駐在員事務所ライセンスの更新手続にも支障が出るため、適時に漏れなく対応していくことが望ましい。

➂労働組合費の納付
 労働組合の設立は義務ではないが、企業・駐在員事務所において、労働者5名以上の希望があれば設立でき、雇用者側がこれを拒むことはできない。労働組合を設立していない場合でも、労働組合費のうち、雇用者負担額を上位労働組織に対して納付する必要がある。
 労働組合費の雇用者負担額は、前述の社会保険料算定用給与の2%とされている。社内で労働組合が結成されていない場合、労働者側の負担額はゼロ(0%)であるが、労働組合が結成されている場合は組合員である労働者の負担額は1%である。法令の規定により組合費の約70%を自社で留保するか、一旦納付した後返戻を受けたうえで、社内の組合活動や組合員の福利厚生等の目的で使用できる。
 外国人の現地採用者については、労働組合には加入できないが、労働組合費の雇用者負担額の納付は必要と解されている。労働組合費の納付漏れの場合は延滞金の納付が必要となり、また、後述の就業規則の登録手続等、労働組合関連の手続に影響する可能性があるため、適切に納付いただきたい。

➃就業規則の作成・社内公布・登録
 労働法では、法人、駐在員事務所ともに例外なく就業規則を作成し社内で公布する必要がある。
 就業規則の主な記載事項は以下の通りである。
・労働時間や休憩時間
・労働安全に関する事項
・職場におけるセクシャルハラスメントの予防や対応、処分に関する事項
・守秘義務
・懲戒処分
 労働者数が10名以上所属している場合、就業規則は書面で作成するとともに管轄の労働に関する専門機関に登録する必要がある。労働者数が10名に満たない場合であっても、希望すれば就業規則の登録は可能である。
 就業規則を作成し社内で公布する際、雇用者は事前に労働組織の代表組織の意見を聴取しなければならない。企業内労働組合がある場合は労働組合の代表者の意見を聴取すればよいが、企業内労働組合がなければ、上位労働組織(企業の所在する地域を管轄する地方労働組織)の意見を聴取する。

➄定期的な雇用・労働についての報告
 就業規則の登録や上位労働組織への意見聴取手続については法令上では詳細が規定されておらず地方や担当者により要求される事項が異なる場合があるため、事前に登録先の労働組織に直接確認をしたうえで登録手続を実施するとよい。各企業・駐在員事務所は、設立時から定期的に労務に関する報告書を提出する義務がある。

 以下は、主要な報告事項と頻度である。

種類 報告概要 報告書提出期限 報告先
雇用状況報告 労働者の役割、給与、雇用形態等 6月4日、12月4日 労働局
外国人採用状況報告 人数、国籍、職位、許可証の種類等 7月4日、翌年1月4日 労働局
労災報告 労災発生記録 7月4日、翌年1月4日 労働局
職場の労働健康報告 定期健診の状況、病欠状況 7月4日、翌年1月4日 地域保健機関

 定期報告や各種登録・定期報告の状況は、労働・社会保険査察時に集中的に確認されることが多いが、最近では査察とは別に当局から連絡が来るようなケースも出ている。

おわりに
 本稿では、法人や駐在員事務所設立後、早期に対応が必要となる労務関連の手続や報告について説明した。設立直後の限られた人数で操業準備をおこなわなければならない状況下では、駐在員も労務にかかるベトナム法制度を理解し、スタッフと協力して手続を漏れなく実施できるよう留意したい。
 COVID-19の感染拡大により事業活動が制限されている状況下ではあるが、制度を理解したうえで、必要に応じて外部専門家も上手に活用し、現在の不透明な状況下でも適切に対応されたい。

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