Reportレポート

M&A目的で会社分割を実行する際の税務・会計上の留意点

2024/03/28

  • Mai Thi Dung

はじめに
 近年、M&A(合併・買収)を通じたベトナムへの投資は活発化し、取引額もますます大きくなっている。M&Aと聞くと、ある会社が他の会社を買収して1つになることを連想する人が多いと思われる。しかし、M&Aには5つの方法があり、散見されるものとしては、ある会社が他の会社の一部の事業または資産を売却する方法である。これを適用するためには、しばしば会社分割という方法がとられることがある。本稿では、ベトナムにおける会社分割の概要や、会社分割を行う際に企業が留意すべき税務・会計上の留意点について解説する。

1.M&Aの観点における会社分割の考え方と実施目的
 長年にわたり発展および拡大してきた会社は、複雑で非効率的な構造であることが多い。特に、内容が異なる複数の事業を運営している場合、ある事業セグメントのみを売却し、他の事業セグメントは維持したいと考える会社が少なくない。また、会社を売却したいと考えていても、買い手によって興味を持つ事業セグメントが異なる可能性があり、売却が容易ではないケースも多い。

 このようなケースにおいて、会社分割という方法をとることは、売却したいと考えている事業セグメントのみをピンポイントで切り離すことができるため有効である。また、切り離された事業セグメントも、切り離し元の会社から独立して事業展開することができる。M&Aは一般的に、合併する会社(買収会社)と合併される会社(被買収会社)の2つの会社が1つになることで、それぞれの会社が持つ価値以上の価値がシナジー効果によって生み出されることを期待して実行されることがほとんどであろう。しかし会社分割については、別々に事業を行うことで、両方の会社の価値を高めることを目的としている点で異なる。

 ベトナムでは、2020年6月17日付企業法59/2020/QH14の第198条および第199条において、会社分割に関する内容が規定されており、以下の2つの方法が認められている。

<新設分割>
・新設分割とは、有限責任会社または株式会社(分割元の会社)が、その資産、権利、義務、構成員、株主を分割し、新たに2つ以上の会社を設立する方法である。
・分割元の会社は、新会社に企業登録証明書(ERC)が交付された後に消滅することになる。分割先の会社は、会社分割の決議または決定に従って分割された全ての法的権利、義務、利益を当然に承継する。

<吸収分割>
・有限責任会社または株式会社(分割元の会社)は、分割された会社の資産、権利、義務、構成員、株主の一部を、分割元の会社を維持させたまま、1つまたは複数の新しい有限責任会社または株式会社に譲渡することによって、部分的に分割する方法である。
・分割元の会社は、出資比率、株式数、社員数、株主数の減少に応じて、定款資本金、社員数、株主数の変更を登記し、新会社の登記を申請しなければならない。また、分割先の会社は、会社分割の決議または決定に従って、分割された全ての法的権利、義務、利益を当然に承継する。

2.税務・インボイス・その他必要書類に関する規定
(1)2019年6月13日付税務管理法38/2019/QH14
 税務管理法38/2019/QH14第68条では、会社再編に伴う納税義務の履行について次のように規定している。
 分割前の期間に係る未払い税金については、原則、分割元の会社が納税義務を負う。しかし当事者間の交渉次第で、分割先の会社(吸収分割の場合)、または分割により設立された新会社(新設分割の場合)に、納税義務を負わすことが可能である。

(2)VATに関する通達219/2013/TT-BTCおよび政令209/2013/ND-CP
 2013年12月31日付の財務省の通達219/2013/TT-BTCおよび2013年12月18日付の付加価値税(VAT)法(2014年1月1日より施行)の条項の実施を詳述・案内する政府の政令209/2013/ND-CP第5条では、新設分割、吸収分割、統合、合併、または企業類型の転換に伴い譲渡された資産は、VATの申告および納付は不要であるとしている。

(3)電子インボイスの案内に関する通達68/2019/TT-BTC
 財務省による2019年9月30日付通達68/2019/TT-BTCの第6条第5項のg)において、物品販売およびサービス提供時の電子インボイスに関し、以下のように規定している。
 組織内の従属する会計メンバーユニット間で資産を移動する場合で、分割、分離、統合、合併、または会社タイプの転換の際に資産を移動する場合、移動した資産を持つ会社は、資産の出所に関する書類を添付した資産移動令(Asset Transfer Order)を発行する必要があるが、インボイスを作成する必要はない。

 なお「資産移動令」とは、分割元の会社が作成する書類であり、譲渡の対象となる資産の内容、譲渡日、分割元と分割先の会社名およびそれらの資産を譲渡することを決定した旨を記載したものである。既定の雛形などはないため、会社独自のフォームに基づき作成することができる。

(4)法人税に関する通達78/2014/TT-BTC
 分割元の会社が土地使用権を譲渡する場合、通達78/2014/TT-BTCの第V章「不動産譲渡収入」の規定に従い、不動産譲渡所得に係る法人税を申告・納付しなければならない。また、会社分割時に、分割元の会社が譲渡する土地使用権の価格を再評価した場合、同通達第7条第14項の規定に従い、土地使用権の価値の再評価により増加した差額は「その他収入」に計上され、法人税の計算対象となる。

(5)2019年6月13日付税務管理法38/2019/QH14および通達96/2015/TT-BTC
分割元の会社は、分割決定日から45日以内に税務当局に法人税の確定申告書を提出しなければならない。

(6)個人所得税の確定申告
 通達92/2015/TT-BTC第21条第3項では、以下のように規定している。
 統合、合併、完全分割、一部分割、会社形態の転換により、分割元の会社から分割先の会社に移籍した従業員がいる場合、分割先の会社(吸収分割の場合)または分割先の新会社(新設分割の場合)は、分割元の旧会社から支払われた所得と、旧会社が従業員に対して発行した個人所得税控除書類に基づき、個人所得税の申告を行う必要がある(本来は従業員個人が申告義務を負うが、委任状を作成することで、個人の代わりに会社が申告するのが普通である)。

3.会計および財務報告に関する規制
(1)分割のための会計帳簿の作成について
 現状、会社分割を行う際の資産や資本の分割基準に関する一般的な規定は存在しない。そのため企業は、財務、人事、経理、情報技術などの主要部門について、法的要件や税務計画を考慮した分割ロードマップを独自に作成する必要がある。当該分割計画に基づき、経理部門は、各事業セグメントに対応する収益、費用、利益および資産、権利、義務の分割を実施し、分割前後における財務諸表の基礎データを作成する必要がある。
以下、分割基準の例をいくつか紹介する。

<資産の分割について>
例① 各事業セグメントで直接収益を生み出す資産の価値に基づき分割
例② 事業セグメントに譲渡されると予想される資産の価値に基づき分割

<売上債権の分割について>
例① 各事業セグメントに属する顧客に基づき分割
例② 各事業セグメントに属する商品・製品・サービスの請求書金額に基づき分割(多くの事業セグメントに共通する顧客が存在する場合など、上記例①の採用が難しい場合)

<人件費および従業員に対する支払債務の分割について>
例①  転籍が見込まれる各事業セグメントに係る従業員数に基づき分割
例②  各事業セグメントで直接収益を生み出すと見込まれる従業員数に基づき分割

<一般経費を分割する場合>
総売上高に対する、各事業セグメントの売上高の比率に基づき分割

(2)財務報告書の作成について
 企業会計制度に関する通達200/2014/TT-BTCの第105条によると、会社分割・合併時の財務諸表作成・表示の原則は以下のように規定している。
 会社を部分的に分割し、法人格を有する多数の新しい会社に分割する場合、または多数の会社が他の会社に買収される場合、分割または買収された会社は、会計決算や法律で規定された財務諸表を作成しなければならない。会社分割後の最初の会計年度において、新会社は、以下の原則に従って会計帳簿を記録し、財務諸表を提出しなければならない。

<貸借対照表>
分割元の会社から承継した資産・負債・資本の全ての残高は、分割先の会社における「期末残高」に表示され、「期首残高」の数値は存在しない。

<損益計算書およびキャッシュフロー計算書>
分割時点から会計年度末時点までの数値は「当期」に計上され、「前期」の数値は存在しない。

おわりに
 会社分割により、売却したい事業のみを切り離し、当該事業の価値を高めることでM&Aにつなげることができる。そのため、特に内容の異なる複数の事業を有する会社において、会社分割は有効的な手段の1つとなり得る。会社分割を実施する場合は、事業売却時における事業価値を最大化するためにも、入念に計画を立案し、帳簿作成や会計・税務に関する問題を事前に慎重に検討すべきである。

参考
・企業法2020
・2019年6月13日付税務管理法38/2019/QH14
・VATに関する通達219/2013/TT-BTC、政令209/2013/ND-CP
・電子インボイスの案内に関する通達68/2019/TT-BTC
・法人税に関する通達78/2014/TT-BTC
・税務管理法38/2019/QH14、通達96/2015/TT-BTC
・VATおよび個人所得税に関する通達92/2015/TT-BTC
・企業会計制度に関する通達200/2014/TT-BTC
・2021年6月30日付オフィシャルレター2373/TCT-CS
・2020年12月31日付オフィシャルレター5625/TCT-CS

M000112-180
(2024年3月28日作成)

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