Reportレポート

業種別ベトナムM&Aの特徴・留意点 第6回~製造業~

2025/05/30

  • I-GLOCAL CO., LTD. ハノイ事務所
  • 日本国公認会計士
  • 近藤秀哉

はじめに
本稿ではシリーズ第6回目として製造業M&Aの留意点を解説する。
2024年度におけるベトナムの実質GDP成長率は7.09%であったが、その中でも製造業は9.83%と高く、ベトナム経済を牽引している状況が窺える。輸出額も2024年度は前年比14.3%増の4,055億ドルとなり、また米国による対中国関税政策および中国の人件費上昇等により、中国からベトナムへの生産移管も進んでいる。今後も規模拡大が見込まれ、外資企業にとってベトナム製造業は魅力的な投資先の1つとなっている。
本稿がベトナム製造業のM&Aを考えている企業にとって参考になれば幸いである。

1. ベトナム製造業の分析

・主要産業
製造業と一口に言っても様々な産業分野が存在するが、特に勢いがあるのは半導体含む電子部品関連である。2024年度における当該分野関連製品の輸出額は計約1,265億ドルであり、輸出額全体の約30%を占めている。これはサムスン電子、LG電子等の大企業がベトナムでの生産を拡大しているためであり、関連サプライヤーも続々とベトナムに進出している。但しいわゆるトランプ関税の影響で、生産規模を縮小する会社も出てくる可能性があり、今後の動向には留意が必要である。

・地域別の産業集積状況
あらゆる産業がベトナム全土に点在しているが、北部はエレクトロニクス・自動車・精密機器、中部は縫製や食品加工(とりわけ水産)、南部は経済の中心地であり内需向けの食品加工や軽工業・日用品製造その他各種産業が集積している等、地域別で大まかな特徴がある。

・外資企業の進出状況
2024年度の国別FDI投資額ランキング(製造業種)1位はシンガポールの約102億ドルであり、2位は韓国の約70億ドルである。その後に中国と香港が次いで、日本は約50億ドルの5位となっている。

ローカルメーカーの会社数自体は、ベトナムに拠点を置くメーカー全体の約80%を占めており外資企業よりも圧倒的に多い。しかし売上高で見ると外資の規模が大きくベトナム全体の50%超を占めており、輸出高でも全体の約70%を外資企業が占めている状況である。

2. 対象会社の事業・将来性に関する留意事項

買収検討時に留意すべき基本的な項目を以下に紹介する。

・人件費
現時点でベトナムの人件費は中国よりも安く、依然としてコストメリットがある。しかし人件費は毎年上昇しており、将来的に想定している恩恵を享受できない可能性がある。コスト削減以外のシナジーも鑑みたうえで意思決定をして頂きたい。

・買収後の売上拡大について
B2Bの製造業は得意先・サプライヤーともに長期契約の相手が多く、対象会社オーナーとの個人的な信頼関係に依存しているケースも少なくない。顧客との関係が製品の魅力や価格によるものなのか、あるいはオーナーとの人間関係によるのかを確認し、買収後にオーナーが変わった際に取引先との関係が切れるリスクがないかを検討することを推奨する。
B2Cの場合はベトナム人消費者の文化慣習、嗜好、流行への適応が売上拡大の鍵を握る。そのため買収後も、現地事情に精通しているベトナム人キーパーソンのリテンションや新規採用によって営業体制を維持・構築することを推奨する。

・地域に関して
都市部近郊の立地がいい工業団地に入居している企業が買収対象になることは多いが、政策的な観点から工業団地の延期が認められず、郊外への移転を強制されるケースが出始めているため、当該土地での生産継続の可能性を買収時に検討することを推奨する。また地方の製造業は人口流出によりワーカーの追加採用が難しく、生産拡大が難しいあるいは雇用コストが増加するケースも多い。さらに近隣に大型工場が稼働し、ワーカーが流出するというケースも見受けられるので、対象会社の地域に関しては慎重に検討を行う必要がある。

3. ストラクチャリングに関する留意事項

・外資規制について
外資に開放されている製品がほとんどであり、一部の製品(医療用X線装置、爆発物・劇物等に分類される化学品など)を除き、外資100%出資が可能である。

・出資スキームについて
対象会社に直接出資する方法が一般的だが、受け皿となる新会社を設立して、当新会社に主要な資産や機械設備、顧客との契約等を引き継がせるスキームも考えられる。この方法は、重要なコンプライアンス違反や税務リスク等を回避する目的などで採用されることがある。また、対象会社の工場がベトナムの拠点形態上、支店として設立されていることがあるが(例えば本社機能を持つ本店をホーチミン、複数の工場を各々支店としてドンナイ省・ビンズン省などホーチミン近郊に設立するケース)、支店は法人格を持たないため直接買収することができない。このようなケースで特定の工場のみ買収する場合は、新会社設立スキームが選択肢となる。

・工業団地内・外の企業買収について
工業団地内の会社は工業団地が所有者変更手続の支援を行ってくれるケースも有る。排水処理体制などユーティリティも整備されており、土地使用権も工業団地側が適法に取得または賃借済であるため、買収後の法的リスクはあまり心配する必要はない。

一方で工業団地外の場合は、過去に適切な手続を経ずに土地使用権・建物などを取得しているケースもあり、こうした過去の不備がM&Aによる所有者変更手続の際に指摘され、手続が難航するリスクがある。また排水処理設備等も適切に整備されていないことも多く、買収後に関連法令違反との指摘を当局から受ける恐れがある。そもそもベトナム国の大きな方針として、工業団地外のメーカーの運営は積極的には推奨しないという方針が見て取れるため、工業団地外のメーカーのM&Aを検討する場合は、対象地域の諸手続に精通した現地コンサルティング会社等への十分な確認・相談が推奨される。

4. デューデリジェンス(DD)における主要なイシュー

製造業のDDでは、以下のような特有の論点が考えられる。

・二重帳簿および架空の原材料仕入・在庫計上
サプライヤーと共謀のうえインボイスを偽造し、架空仕入を税務用帳簿に計上しているケースが散見される。または実在する仕入の金額を水増計上しているケースもある(100の仕入を150で計上する等)。
このような場合、架空材料(在庫)も付随して計上されることになるが、これを解消するためにまた架空の仕掛品プロジェクトに配分させる等、架空取引に連鎖することになる。このような取引を行っていないかDDで注意深く確認する必要がある。

・循環取引
本レポート第3回「卸売業」でも紹介したが、同一の在庫を「対象会社→協力会社A→協力会社B→対象会社」という要領で何周も循環させ、売上を水増しするケースが製造業でも散見される。銀行からの借入与信を確保するために見かけ上の売上を増やす等の理由が考えられるが理由は様々であり、このような取引を行っていないか注意深く確認する必要がある。

・得意先担当者へのコミッション
契約獲得のため、得意先担当者個人に不透明な支払いを行っていることがある。こういった支払いは商業賄賂に該当する可能性が高いことに加え、得意先維持・契約獲得のキーとなっており実務上、中止が困難(中止すると売上高が著しく減少する)こともあるため、重要なイシューとなる。DDでこうした支払いが発見された場合は、そのスキームの適法性や将来の中止可能性などをクロージング前に十分慎重に確認することを推奨する。

・VAT還付について
輸出割合が大きい会社は、多額の未収VATが計上されていることがあるが、輸出販売時の書類に不備がある場合には、還付時の税務調査で還付が否認されるケースがある。買収後の資金繰りにも影響が及ぶ可能性があるため、DD時に必要書類・エビデンスの具備状況などをレビューすることが重要となる。

・環境関連の法規制
排水・排気・廃棄物処理の規制は年々厳しくなってきており、実際の測定値と異なる結果を行政へ報告し、それが発覚して罰則(罰金・工場稼働停止)を科される事例が度々見受けられる。環境対応は事業継続に関連するため、注意深く確認する必要がある。

おわりに
以上、ベトナム製造業のM&Aにおける留意事項等の解説を行った。
外資規制という点ではM&Aのハードルは低く、実際外資によるM&Aも盛んも行われている。しかし買収後の販路拡大には現地の得意先やサプライヤーとの関係が重要になってくるため、買収後に出資者が変わった際に今までの関係が維持できるのかどうかは事前に確認が必要である。また、架空仕入取引などを利用した二重帳簿を実行している会社も散見されるため、十分留意されたい。

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