Reportレポート

労働契約と異なる業務への労働者の異動についての留意点

2022/11/29

  • Le Que Ngan

はじめに
 現在、企業では、特にCovid-19の流行による影響や、受注数、仕事量の急激な増加を受けて、労働者を労働契約と異なる業務へ一時的に異動させることが珍しくない。では、雇用者は労働契約と異なる業務へ労働者を異動させる権利を持っているのか。また、異動期間や異動期間中の賃金はどのように規定されているのか。
 本稿を通じて、これらの質問に回答し、雇用者が法律を理解し、適切に適用できるように、労働契約と異なる業務への労働者の異動に関連する注意事項をいくつか説明する。

1.労働契約と異なる業務へ労働者を異動させる場合
 まず、「労働契約と異なる業務への労働者の異動」は、雇用者が労働契約で合意した業務以外の業務に、労働者を「一時的に」異動させることと解される。この異動は、一定期間(短期間)だけ行われ、雇用者が予期せぬ困難に遭遇したことを理由とするものである。また、この異動は、労働者と雇用者との間の既存の労働契約に影響を与えたり、終了させたりするものではない。
 従って、雇用者は当然に労働契約と異なる業務へ労働者を異動させる権利を有するわけではなく、以下の場合にのみ異動させることができる。

1.1. 自然災害、火災、危険な疫病により予期せぬ困難に遭遇した場合
 雇用者は、洪水、暴風雨などの自然災害、工場・事務所などの火災、Covid-19の流行などの「危険な疫病」の影響を受けて、生産活動や事業活動において困難に遭遇した場合、一時的な困難克服のため、労働契約と異なる業務へ労働者を異動させることができる。
 さらに、上記の「危険な疫病」については、所轄官庁からの通知や公布を必要とするかどうかについて、法律上規定されていない。労働者の異動について確かな根拠を持つために、雇用者は「危険な疫病」について自己判断せず、労働管理機関に相談すべきと考えられる。

1.2. 労働災害の阻止・克服措置の適用、職業病により予期せぬ困難に遭遇した場合
 労働災害が発生した場合、災害克服措置として、雇用者は、労働安全に関する厳格な要件を備えた機械、設備、備品の点検を実施し、職場に個人保護具の装備提供などを行う。そのため、当該克服措置の適用期間中、労働災害に関与した労働者を労働契約と異なる業務に異動させる必要がある。

1.3. 電気事故、水による事故により予期せぬ困難に遭遇した場合
 雇用者の事務所や工場などにおいて、予期せぬ電気事故や水による事故が発生し、生産活動や営業活動を継続できなくなった場合、雇用者は修理・トラブル対応期間中、労働契約と異なる業務へ労働者を一時的に異動させることを余儀なくされる場合がある。

1.4. 生産、経営上の必要性がある場合
 具体的には、雇用者の生産規模の拡大により業務量が予想以上に増加した場合や、労働者の休職や産休により予想以上に人材が不足したが、雇用者を早急に採用できない場合や、市場の需要により予想以上に受注が増加した場合等には、生産・事業計画上の人材需要を満たすため、雇用者が労働契約と異なる業務へ労働者を異動させる場合がある。
 ただし、雇用者が、労働契約と異なる業務への労働者の異動を認める「生産、経営上の必要性がある」とされるケースを規定・列挙し、就業規則に記録しておかなければならない。実際には、多くの雇用者は、就業規則を作成していない、または就業規則は作成しているが、「生産、経営上の必要性がある」とされるケースを記載しておらず、労働契約と異なる業務への労働者の異動を規定していない。この場合には、上記の一時的な異動という「権利」を行使することができないため、留意が必要である。

2.労働契約と異なる業務への労働者の異動の期間
 2019年労働法第29条1項に基づき、雇用者は以下の期間において労働契約と異なる業務へ労働者を異動させることができる。
・1年間で合計60日を超えない。
・または、1年間で合計60日を超える(労働者が書面で合意した場合のみ)。

3.労働契約と異なる業務へ異動される労働者の賃金
 2019年労働法第29条3項に基づき、労働契約と異なる業務へ異動される労働者の賃金は以下のように計算される。

番号 ケース 賃金
1 従来の業務に比して新たな業務の賃金が高いまたは同等である場合 新たな業務の規定に従って賃金を払う
2 従来の業務に比して新たな業務の賃金が低い場合 ・30営業日以内に従来の業務の規程に従って賃金を支払う。
・31営業日以降は、新たな業務の規程に従って賃金を支払う。

出所:2019年労働法第29条3項を基に筆者作成

留意点:新たな業務の賃金は、少なくとも従来の業務の85%でなければならず、最低賃金を下回ることはできない。

4.労働者の異動に関する雇用者の責任
 労働契約と異なる業務に労働者を一時的に異動させるにあたって、雇用者は以下の責任を有している。

・少なくとも異動日の3営業日前に労働者に通知する。
・一時的な異動の期限を明示する。
・労働者の健康、性別を考慮して業務配置を行う。

 雇用者は書面、電子メール等を通じて異動の通知義務を履行するべきである。通知の内容に関しては、雇用者は、異動の理由・根拠、一時的な異動期間、異動先、当該異動要求に対する労働者の返信期限などの情報を十分に記載しなければならない。同時に、労働者に異動通知を行う際、雇用者が上記の通知義務を期限内に完全に果たしたことを確認するため、雇用者は労働者に対して通知の受領の確認書に署名するよう要請するべきである。

5. その他の留意点
 上記に加えて、雇用者は以下のような他の問題に注意すべきである。

(1)労働契約について
 一時的な異動の間、既存の労働契約は引き続き有効である。異動はあくまで一時的なものであるため、原則として当事者の権利や義務(給与を除く)は、締結した労働契約に準じて適用される。

(2)就業規則について
 生産・経営上の必要性による、労働契約と異なる業務への労働者の異動に関する事柄は、就業規則の必須記載事項の1つである。そのため、就業規則を作成する際、雇用者は当該事項を記録しなければならない。

(3)休業手当について
 労働者が、労働契約と異なる業務への一時的な異動に同意せず、休業を選択した場合、雇用者は2019年労働法第99条に従い、労働者に対して休業手当を支払わなければならない。

(4)労働契約の解除について
 雇用者が労働契約と異なる業務へ労働者を異動させたが、上記「1.労働契約と異なる業務へ労働者を異動させる場合」に該当しない場合、労働者は労働契約に従った業務配置がされていないことを理由として、雇用者との労働契約を事前通知なく一方的に解除することができる。

おわりに
 外部の予期せぬ出来事や事故及び内部事情の急変は、雇用者の生産活動や事業活動に影響を与える可能性がある。労働者との調和と事業の持続可能性を確保することも重要であるが、上記の出来事・事故、予期せぬ変化に即応するため、労働契約と異なる業務へ労働者を一時的に異動させ、人材の一時的な配置転換を行うことは、雇用者が検討し得る有効な法的手段の1つである。

参考文献
・2019年労働法
・自然災害管理法及び堤防法の改正に関する法
・2015年労働安全衛生法

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