Reportレポート

ベトナムにおける使用期限の定めがない在庫の廃棄損に関する税務上の問題

2020/03/20

  • 米国公認会計士
  • 鈴木 友紀

はじめに
 企業が在庫を廃棄処分した場合、日本では特段の事情がなければ会計上も税務上も損失を計上できる。しかしベトナムでは、使用期限の規定がない物品を廃棄処分したとしても、その損失やコストを税務上の損金として計上することが大変難しいとされる。本稿では、実務上通用しているベトナム税務局の廃棄についての考え方と、税務上の対応方法について説明する。

1.税法実務における廃棄損の否認
 ベトナムでの生活においては、思わぬところで日本との違いを実感することがある。会計税務の世界でも、日本との考え方の違いがよく出る場面がある。そのひとつが、今回のテーマの「在庫の廃棄処理」である。
 日本では、製造業者や流通業者が売れ残り在庫を廃棄処分してその損失を計上しても、それ自体が税務上で問題視されることはあまりない。使用期限の定めがある食品の在庫は言うまでもないが、衣類から家具、家電に至るまで、値下げその他の方策を講じても売り切ることができなければ、最終的に廃棄するしかない状況というのは存在するからである。その時に生じた損失は当然コストとして許容されている。損失計上のタイミングについても企業の合理的な判断にゆだねられている。ところがベトナムの税務においては、会社が残在庫を廃棄処分し損失を計上することに対して、思いのほか厳しい立場が採られている。

1)在庫の廃棄損計上のルール
 ベトナムの法人税に関するガイドラインは「使用期限切れのもの、または自然の劣化により破損したものについては、法人税の計算時に損失を費用として計上できる」とし、その際の必要書類も具体的に指定している。

◆廃棄損計上が可能な原因
 -使用期限切れ
 -自然の劣化・破損(例えば腐敗や変質)

◆損金計上のための必要書類
 -使用期限切れ・劣化・破損品についての申立書(種類、数量、簿価、劣化や破損の原因を記載)
 -使用期限切れ・劣化・破損品の在庫リスト

2)廃棄損計上できる品目
 だが、この規定が適用できるのは、食品、医薬品、化粧品等の品目に限られる。これらのものは、廃棄しなければ腐敗や変質がおきるため、品目ごとに安全・衛生管理法令が制定されており、販売前の情報開示や登録等の手続、使用期限の規定等が設けられている。そして、破損品や使用期限を過ぎたものの使用・販売を禁止するとともに、廃棄までの一時的な保管方法や廃棄処分を行った証拠を残すこと等も定められている。地域や業界を管轄する食品安全衛生局員、保健局員や市場警察が時折店舗を巡回し、使用期限切れの商品が発見されると販売者や卸業者に対し行政処分が下されることもある。

3)管理規定がない品目の廃棄損の否認
 しかし、前述の化粧品等以外の安全・衛生上の管理法令が存在しない品目、つまり一般的に使用期限の定めがない品目については、劣化や汚損等により販売できずに廃棄処分しても、その損失やコストはベトナムの法人税計算にあたって損金性を否認されてしまう。この時に、販売できなくなってしまった原因や理由はほとんど考慮されない。
 布や紙、プラスチック製から金属製品に至るまで、たとえ未使用の雑貨であっても経年劣化は生じる。シミやキズ、金属のサビ等によって当初の目的用途に供することができなくなることも往々にしてある。衣服等は流行に大きく左右されて販売が思うように行かない場合もあるだろう。日本人からすると、このような場合の在庫品を廃棄は、望ましくはないがやむを得ないことであり、廃棄損を損金として計上することも特に何らの問題もないことに見えるが、当地では事情が異なる。

4)明文化されない否認根拠
 破損期限の表示が規定されていない品目は、大抵の場合、食品のように明確な自然の劣化により販売が不可能になったと判定することは難しい。例えば木製のテーブルが、売れないまま店頭で1年放置され多少色あせても、テーブルとしての機能を失う訳ではないからで ある。ただ、廃棄処分の正当性や合理性や必要性を客観的に評価しづらいとしても、そもそもベトナムでこのような使用期限の定めがない品目の廃棄処分が禁止されている訳ではないのである。廃棄損の損金否認も法令に明文の根拠が見当たらないため、なぜ廃棄損計上がほぼ全面的に認められないのか、日本人にとっては理解が難しい。
 これは、少し大げさかもしれないが、ベトナムの人々と日本人との経済に対する観念の差異から生じると言えるだろう。使用期限が決められていない物は売り切れるまで売り、あるいは損が出ないように仕入れと販売をコントロー ルすることが事業者としてのあるべき経済活動だ、という前提に立てば、売り切れない在庫の発生は事業者のコントロール不足、または失策となる。したがって、その結果生じた損失を税務上容認しないことも自然な帰結に過ぎず、わざわざ法令上で禁止する必要性もないということかもしれない。
 またベトナムの実態として、日本人であれば捨ててしまうようなさまざまな物品に、ベトナムのどこかでは値段がつき販売されている。そのような背景も、未使用品の廃棄処分が適正な商行為だと認められにくい一因といえる。

5)廃棄損の損金性が否認された場合の対応
 廃棄処分を損金計上したものの、後日の会計監査や税務調査で損金性が否認されたときには、廃棄処分したものが少なくとも簿価で売却されたものとみなし、かつ廃棄処分にかかった費用も発生しなかったものとして、損益を計算し直さなくてはならない。販売用の商品であれば、原価割れであってもできる限り商品として売り切る方がよい。原価割れで販売をした場合も税務当局による追及は免れないが、廃棄損を計上するよりも損金性否認のリスクが低いためである。実際に、原価割れ販売により不良在庫を消化した企業について、税務調査で損失が容認された事例がある。ただし販売前後に値下げについての決定書類、説明書類の準備や、税務調査にあたっての丁寧な説明が必要である点は、ご留意いただきたい。

 このようなベトナム税法の根底にある考え方を知らないまま、日本と同様に在庫の廃棄処分をおこない、廃棄損を計上してしまうと、後になって想定外の法人税の追納を強いられることになる。そのためベトナムの実務上は、仮に廃棄処分をして会計上損金として計上しても、法人税上では廃棄損を無視して申告をするしかない状況なのである。

おわりに
 本稿では、使用期限についての定めがない在庫を廃棄処分した場合に、ベトナムの税務上では損金と認められない状況について述べた。日本とベトナムの基本的な経済観念の違いが表れている事項のひとつである。基本的であるが故に明文化されておらず、日本人にとっては理解しづらい。事情を知らずに対応が遅れてしまうと、思いのほか影響が大きくなりがちなため、廃棄をおこなうにあたっては 、事前に会計事務所や監査法人等の専門家とよく相談いただくことをお勧めしたい。

本レポートに関する
お問い合わせはこちら