Reportレポート

ベトナムの個人所得税④実務上の留意点

2020/10/05

  • 米国公認会計士
  • 逆井 将也

はじめに
 前回まで個人所得税の基本事項について説明してきたが、本稿では個人所得税の実務上の留意点について説明する。個人所得税は、外国人駐在員の課税所得が高額となること、および黒字化前の会社や法人税・付加価値税を納める必要の無い駐在員事務所に対しても税務調査の対象であることから、税務局にとっても重要な税収源となり、多くの外資企業が税務調査で指摘を受けやすい項目となっている。
 本稿では、過去に実際に税務調査で指摘された事例に基づき、実務上留意すべき点について説明する。

1.実務上の留意点
(1) 経費や各種手当における留意点
 法令上個人所得税の課税対象外となっている経費や各種手当が、個人に対する給与所得とみなされてしまう事例は非常に多い。これは、レッドインボイス及び電子インボイス(以下、「VATインボイス」)に不備不足があること、および社内規定の未整備が主な理由である。

a. VATインボイスの不備不足
 ベトナムの公式領収書であるVATインボイスは法人税の損金算入や付加価値税控除のために必要であるが、経費使用時のVATインボイスに不備があった場合、その経費は不明なものとして、個人に対する所得とみなされ、個人所得税の課税所得に含まれてしまう事例がある。よくある不備内容としては、そもそもVATインボイスを発行していないことや、VATインボイスの宛名が会社名でなく個人名となっていることが挙げられる。
 なお、移動手段としてタクシーを使う際には、一回の乗車ごとにVATインボイスを発行してもらうことは難しく、タクシー会社と法人契約を結ぶことで1ヵ月分のVATインボイスを発行してもらう方法が一般的である。また、ベトナム国外で使用した経費については、国外の領収書および費用明細のベトナム語翻訳が求められるため、併せて漏れないよう注意しなければならない。

b.社内規定や労働契約書の不十分な記載
 以下の項目は、法人税上損金算入とするためには社内規定や労働契約書に会社が当該費用を負担する旨明記されていることが求められるが、明記されていない場合は個人所得税においても給与所得とみなされてしまう。

・出張関連費用(飛行機代、ホテル代、タクシー代、および食事代等)、出張手当
・電話代
・通勤費用(タクシー代、社用車等)
・ベトナム赴任時の引越手当
・駐在員が休暇で帰国
する際の航空券代(年間 1 往復分かつ本人分のみ)
・労働許可証取得費用
・駐在員の子どもの学費

(2)ベトナム居住者の納税開始時期における留意点
 法令上、納税開始時期については、最初にベトナムに入国した日とされており、1日でもベトナムで勤務する場合は個人所得税の納税義務が発生するが、実務上は以下いずれかを納税開始日とすることが多い。

・任命書あるいは労働契約書に記載の勤務開始日
・設立当初のベトナム法人の法的代表者や駐在員事務所長の場合は、法人あるいは駐在員事務所の設立日

 ただし、正式赴任前に何度か出張でベトナムを訪れている際は、パスポートの入出国履歴に基づき、出張時の入国日から起算するよう要求される可能性がある。出張時から起算して申告をせずにいたため、出張時に遡った所得に対して納税するよう、税務調査で指摘を受ける事例もあるため注意しなければならない 。 そのため、駐在員を赴任させる前の段階から、上述のリスクを想定した上で赴任計画を立てることをお
勧めする。

(3)ベトナム非居住者に対する留意点
 ベトナム非居住者の場合においても、法令上1日でもベトナムで勤務する場合は納税義務が発生することを認識いただきたい。ただし、ベトナム非居住者となる場合には一定の要件を満たした場合に短期滞在者免税を申請することができる。以下、短期滞在者免税申請を行う場合と、免税申請を行わない場合に分け、税務上の留意点について説明する。

a.短期滞在者免税申請を行う場合の留意点
 日本とベトナムの間では二重課税防止協定(租税条約)が締結されており、税務上非居住者扱いとなる国において短期滞在者免税を申請することができる。ベトナムで短期滞在者免税を申請するには、以下3つの要件すべてを満たさなければならない。

・ベトナム滞在期間が暦年で183日未満である(入国日と出国日はあわせて1日と考える)
・給与・報酬がベトナム現地法人から支払・負担されていない
・給与・報酬がベトナム国内の恒久的施設(PE)から支払・負担されていない

 短期滞在者免税は、規定上滞在前の事前申請が条件となっているが、実務上は事後であっても申請が受理されている。免税申請に必要な書類は以下の通りである。

・免税通知書(所定書式)
・日本本社発行の申請者への任命状または出向辞令
・日本の税務署発行の居住者証明書
・申請者のパスポート公証コピー
・申請書類提出代行者への委任状

 ただし、短期滞在者免税申請は承認手続ではなく、受理手続であるため、申請を行えば必ず免税が確保されるというものではない。そのため、免税申請を受理されたとしても、将来的に税務調査で免税適用条件を満たしていないと判断され、追徴課税や罰金を課されてしまう事例が発生している。
 たとえば、法人の場合、出張者に対して人件費負担等を出張元から現地法人に請求されることが多く、もしくは現地法人に人件費名目で請求をしていなくても、6ヵ月以上の役務提供契約があることでPEがあるものとみなされ(PE課税自体は実務的に広まっていない)、要件を満たさないと判断されることがある。
 現時点で当該リスクを回避する方法は無いため、適用条件を慎重に確認し、税務局の受理印が押印された申請書を保管する等、税務調査時に妥当な説明ができるよう備えておく必要がある。また、地方によって担当官の認識が異なるため、申請手続を行う際には専門家へ相談することを推奨する。

b.ベトナム法人の法的代表者や駐在員事務所所長の留意点
 代表者の個人所得税については、税務調査で特に厳しく調査される可能性が高い。そのため、代表者がベトナム非居住者となる場合、上述の短期滞在者免税を申請しない限り、確実に申告・納税することをお勧めする。法令上、非居住者の課税対象額は、ベトナム国内源泉所得となり、確定できない場合は全世界所得をベトナム滞在日数で日割計算した額に会社負担の各種手当を加算した額となる。しかし、ベトナム国内源泉所得に基づき申告・納税していたにもかかわらず、金額が日割計算で算出した金額よりも低いという理由で税務調査において指摘を受けてしまう事例がある。一方で、日割計算額で申告・納税した場合においても、ほかの日系企業の代表者の給与相場と比較して明らかに金額が低すぎる場合等に指摘を受けることもある。
 以上より、ベトナム非居住者となる代表者に対しては、ベトナム源泉所得を少なくとも全世界所得の日割計算額と同等以上に設定した上で毎月支払することをお勧めする。

c.代表者以外の出張者等の留意点
 従来は出張者がベトナムに滞在した証跡を残さないようにすることで、申告・納税を実施していないケースも見受けられた。しかし、近年出張者のリストを提出するよう税務調査で要求する事例が出てきていることや、日本の税務局と連携し日本の確定申告の情報を入手する事例もあることから、徐々に出張者等の税リスクが高まってきている。そのため、出張者等に対しても、短期滞在者免税を申請しない限りは、保守的に申告・納税することをお勧めする。

おわりに
 これまで全4回に渡り、個人所得税の基本事項と実務上の留意点について述べてきた。個人所得税は課税対象範囲が広く、税務調 査も非常に厳しく行われることが多いため、可能な限り保守的に対応していく必要がある。次回以降は、ベトナムの法人税について数回に分けて基本事項と留意点について説明する。

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