Reportレポート

ベトナムの法人税➃

2020/12/01

  • 米国公認会計士
  • 逆井 将也

はじめに
 前回に続き、本稿では法人税について、近年の法令改正や税務調査事例に基づき、税務調査で指摘を受けやすいポイントを説明する。本稿で紹介する事例は前回に比べ、必ずしもすべての企業に当てはまる事例とは言えないが、いずれも該当する企業にとっては税務調査で指摘された際に非常に多くの追徴課税が課されてしまうリスクの高い事例となっている。本稿が法人税の税務リスク低減に繋がれば幸いである。

1.法人税の税務調査で指摘を受けやすいポイント
(1) 移転価格
 2017年に移転価格に関する法令が大幅に改正されたことを受け、移転価格に対する税務調査も厳しくなっている。移転価格に関する詳細説明は割愛するが、以下2017年5月より適用開始となっている移転価格文書の作成免除要件(a,b,cのいずれかを満たすこと)である。

a. 会計年度における納税者の総売上が500億ドン(約2.5億円)未満、かつ関連者取引の総金額が300億ドン(約1.5億円)未満であること
b. 税務局と移転価格事前確認の合意書(以下「APA」)を締結し、APAに関する法規定に従う年次報告書をすでに提出していること
c. 納税者の事業内容が単純なものであり、無形資産の開発および使用に関する費用、売上が発生せず、売上が2,000億ドン(10億円)未満、かつ、借入利息および税引前利益の合計/売上の割合が販売事業の場合は5%以上、製造事業の場合は10%以上、加工事業の場合は15%以上であること

 大きな特徴としてベトナムは移転価格文書の免除要件が極めて低いため、日本等の他国では移転価格文書を作成する必要のない企業もベトナムでは作成しなければならない点が挙げられる。また、免除を適用されるためには、上述のいずれかを満たす必要があるが、b.のAPAの合意書の発行について明確になっていない、c.の「事業内容が単純」についても明確になっていない等規定自体にも問題が残されている。
 当免除要件に該当しない企業は移転価格文書を作成する必要があり、税務調査で文書を要求された際には15営業日以内に提出する必要がある。

 移転価格文書の税務調査でポイントとなるのは利益率である。移転価格文書では自社と類似した企業との比較分析により自社の利益率が妥当であることを証明するが、税務調査において文書中の比較対象企業を否認され、税務局が選定した企業の利益率を用いるよう指摘される事例が起きている。その場合、税務局選定企業の利益率は不当に高いものとなることが多く、自社の売上に税務局選定企業の利益率を乗じた金額に対して法人税が再計算されるため、大変高額な追徴税額を課される。また、移転価格文書を準備していない場合には、問答無用に税務局指定の利益率が適用されてしまうため、注意を要する。

 以上より、移転価格文書作成義務のある企業は、移転価格文書を必ず用意し利益率に対して十分な説明ができるよう備えておく必要がある。また、自社の利益率を上げることでリスクを回避できるため、その点も考慮いただければ幸いである。

(2) 人件費
 人件費については税法上の規定だけでなく労働法に違反していることを理由に、損金算入を否認される場合があるため、注意しなければならない。以下が特に指摘を受けやすいポイントとなるため、確定決算時に自己否認することも考慮する必要がある。

a. 労働法に規定される残業時間上限(年間200時間、一部業種で事前申請を行う場合300時間)を超過した時間に対する残業代
b. 労働許可証を取得していない外国人に対する費用(給与、家賃、およびその他会社負担費用)
c. 労働契約書のない従業員に対する費用(給与、家賃、およびその他会社負担費用)
d. 財務規則や労働契約書等に記載のない従業員に対する費用(家賃、光熱費、電話代、およびVISA申請費等)
e. 研修内容の詳細を記載した文書(労働者派遣契約書等)がない従業員の海外研修費用

 b.については、実務上労働許可証の取得はベトナムに赴任してから数ヵ月後となることが多いため、労働許可証取得までの期間の人件費については保守的に自ら損金不算入として対応している会社も多い。また、c.については、本社より出向扱いでベトナム法人で勤務する駐在員に対する人件費についても、労働契約書がないことを理由に損金不算入とされた事例がある。b.およびc.については、地方の税務局によって解釈が異なるため、会計事務所等の専門家に確認することをお勧めする。

 労働法に関しては税務に比べて取り締まりも厳しくないことから法令を軽視しがちになってしまうが、税務調査で指摘された際には調査対象の過年度も含めた全期間に渡る追徴課税を課されることになり、金額的影響も小さくないため注意しなければならない。

(3) サービス費
 近年の税務調査では、サービス費を支払した際にサービスの実態があるか否かを厳格に確認している傾向にある。特に、ベトナムの日系企業では親会社やグループ会社へ、技術支援料やコンサルティング料、マネジメント料を支払っているケースは多く、その実態を証明することができずに税務調査時に指摘を受けているケースも見受けられる。税務調査時には口頭での説明のみでは不十分とみなされることが多いため、サービスの合理性の説明にあたり、以下の対策を取ることをお勧めする。

a. 誰が、どのようなサービスを、どの程度行うのか契約書上に具体的に明記
b. レポート、設計図、マニュアル、日報、email履歴等の成果物を保管

(4) 原材料費
 製造業における原材料について、2015年以降は標準原価設定の義務および申告は廃止されている。以降、法令上原材料については政府によりリスト化された原材料の標準価格を超えた場合には損金不算入となり、その他費用については明確な規定がない状態となっている。ただし、原材料のリストは公表されていないため、税務調査において原材料の標準価格を定めた社内規定を掲示するよう求められ、実際の価格が社内規定上の標準価格を上回った分は事業と関連しない費用とみなされ、損金不算入と指摘される事例が近年発生している。
 そのため、まずは社内規定で原材料の標準価格を設定するようにした上で、実際と乖離が出ないよう努めるべきである。乖離が出てしまう場合には、乖離が少なくなるよう標準価格を見直しすることや、税務調査時に実際の価格が上がってしまった理由を説明して対応することになる。乖離の理由が妥当でない場合には、将来の税務調査での指摘を避けるため、法人税申告時に自ら損金不算入にして申告することをお勧めする。

おわりに
 前回と本稿を通じて、近年の法令改正および税務調査事例に基づき、法人税の実務上の留意点について説明してきた。特に、本稿で紹介した移転価格に対する調査は法令が改正されたばかりであることに加え、税務局としては高額な追徴課税を徴収できるため、今後もしばらく話題になると考えている。税務調査で指摘を受けやすいポイントは法令の改正に応じて変動するため、今後も定期的に情報をアップデートされていくことをお勧めする。

本レポートに関する
お問い合わせはこちら