Reportレポート

会社の法的代表者と労働契約を締結する際の留意点

2020/11/20

  • Kieu Thao Vi

はじめに
 企業法によると、会社の法的代表者とは、会社の取引から発生する各権利を行使し義務を履行する際に会社を代表する個人である。従って、法的代表者は会社の労働者との労働契約を含む取引契約の締結に際して会社を代表する者である。それでは、法的代表者との労働契約締結において会社を代表するのは誰であろうか。 本稿では、この問いに回答するとともに、会社が法的代表者と労働契約を締結する際、特にその法的代表者が外国人である場合の留意点について説明したい。

1.ベトナム法人とその法的代表者との間の労働契約締結の必要性
1.1 労働面上
 2012 年労働法第 3 条第 6 項によると、「労使関係とは、被雇用者と雇用者の間での雇用、労働使用給与支払いで発生する社会関係をいう」(下線は筆者が追記)ということである。そして、同法第 18 条第 1 項によると、「被雇用者を雇用する前に、雇用者と被雇用者は労働契約を直接的に締結しなければならない」と規定されている。従って、ベトナム法人(以下「会社」という)とその法的代表者との間で労使関係が発生する(つまり(i)被雇用者(労働者)の雇用かつ(ii)給与支払いが生じる)場合、厳密には会社と法的代表者との間で労働契約を締結しなければならないと、理解できる。
 実務上、法的代表者に対して給与を支払う者が会社ではなく海外の親会社であるパターンがあり、この場合には会社と法的代表者は労働契約を締結する義務は発生しない。

1.2 税務面上
 法人税面から見ると、法令規定に基づき、給与などの人件費が会社の合理的な支出として認められるためには、給与や手当等が労働契約書に具体的に明記されていなければならない。これは、労働契約書の締結が法的代表者の給与を会社の合理的な支出と認めるための必要条件であることを意味する。

2.法的代表者との労働契約の締結権限
2.1 締結権限
 法的代表者は会社を代表し、労働契約を含む各契約を締結する者である。しかし、2015 年ベトナム民法第141条3項によると、「ある個人は自己と民事取引を確立および履行するために、会社の名義を用いてはいけない」と規定されている。そのため、法的代表者は雇用者側の代表をすると同時に自己と契約を締結することができないことになる。
 一方、企業法における、各種の企業形態とその管理組織機構の定めによれば、法的代表者との労働契約締結権限を有する者は以下のとおりである。
 管理組織機構として会長を置く一人社員有限責任会社の場合、会社の会長が締結権限を有する。
 会社の会長が同時に法的代表者でもある場合、出資者の法的代表者(親会社の代表取締役等)が労働契約締結に際して会社を代表する。
 管理組織機構として社員総会を置く一人社員有限責任会社、または二人以上社員有限責任会社の場合、社員総会の会長が法的代表者との労働契約締結権限を有する。法的代表者との労働契約締結は社員総会の承認事項であるため、会社は労働契約締結についての議事を社員総会議事録と決定書に記載し保存する必要がある。
 社員総会の会長が同時に法的代表者である場合、社員総会は社員総会の他の構成員を労働契約の調印者として任命する。この任命の事実は上記の社員総会の議事録と決定書にも記載される必要がある。
 株式会社の場合、取締役会の会長が法的代表者との労働契約締結権限を有する。
 会社の法的代表者が同時に取締役会の会長である場合、取締役会は契約締結にあたって取締役会を代表する他の取締役を任命する。この任命行為は取締役会により承認され、企業法の規定に従って取締役会の議事録と決定書に記載しなければならない。

2.2 労働契約の締結者が正当な権限を有しない場合のリスク
 労働契約の締結者に正当な権限がない場合、労働契約は全て無効となる。
 これは、会社と法的代表者との間で紛争が発生する場合の法的リスクにつながる。さらに、税務局がこの労働契約の合法性を認めず、法人税の計算にあたって関連する一切の人件費の損金性を否認する事態が発生してしまうという税務リスクにもつながる。
 そのため、契約の有効性を確保し、上記のリスクを回避するため、会社は法的代表者との労働契約を見直すとともに、法令規定に従って再署名を行うべきである。

3.労働契約の内容についての留意点
 法的代表者との労働契約は、2012年労働法および政令第05/2015/ND-CP号の規定に従って通常の労働契約と同様に基本的な内容を必ず記載しなければならない。なお、外国人労働者である法的代表者に対しては、以下の特記事項にも留意する必要がある。

3.1 給与と手当の明確な記載
 人件費を会社の費用として計上するためには、給与、住宅手当や児童手当、個人所得等現金で支給される手当のほか、現物支給の手当についてもすべて労働契約に明確に記載する必要がある。手当については、労働契約には具体的には記載せず、会社の財務規定に記載し、労働契約書では財務規定を参照する建付けも可能である。
 外国人労働者に支払われる給与は、外貨で表記・支給できる。実質的には給与を会社が負担するが、支給は海外の親会社が行い、別途会社から親会社に対して返戻される場合は、労働契約書に、支給額、支給場所、海外支給分については親会社が立て替える旨を明確に記載するとともに、会社と親会社との間で立替払の合意書を締結しなければならない。

3.2 労働許可証上の内容との一致
 労働契約上の内容、特に以下の内容は、発行された労働許可証上の内容と一致していなければならない。
  ・勤務場所
  ・職位

 契約期間:労働許可証の有効期間が最長2年間となっているため、労働契約の期間も労働許可証の有効期間と同一となり最長2年間となる。原則として有期限労働契約書は2回まで締結でき、3回目は無期限労働契約となるが、外国人の労働契約の場合は労働許可証の有効期間内に有期限労働契約を何度も締結することができる。
 労働契約上の内容が発行された労働許可証上の内容と一致していない場合には、法令上はその労働許可証は失効する。従って、当然労働契約は解約され、労働許可証は没収される。特に 2020年1月1日から施行される改正労働法156条では、この点が明確に規定されている。

4.外国人労働者である法的代表者の労働契約に関する義務
4.1 国家機関に労働契約を提出する義務
 ベトナムで就労する外国人に発給される労働許可証には、親会社からの社内異動という形態のものと、ベトナムでの労働契約履行という形態のものとがある。会社の法的代表者が、労働契約履行という形態の労働許可証を取得した場合、その法的代表者は会社と労働契約を締結しなければならない。そして署名日から5 営業日以内に、会社はその法的代表者の労働許可証を発行した労働機関に対し、締結済み労働契約書の写しを提出しなければならない。

4.2 法的代表者の強制社会保険加入義務
 会社と労働契約を締結し、会社から給与を支給される外国人労働者は、原則としてベトナムの強制社会保険、健康保険に加入しなければならない。保険料の負担額は、会社が支給する給与に基づき計算される。ただし、労働許可証免除の対象者、または労働許可証申請の対象者であっても以下のいずれかの条件を満たす場合は、ベトナムの強制社会保険および健康保険加入の加入が免除される。
 ・ベトナム政府が規定する条件を満たした社内異動という形態により就労する場合
 ・定年年齢(2020年10月時点で、男性:満60歳、女性:満55歳)を超えている場合

おわりに
 以上が、会社が法的代表者、特にそれが外国人である場合にその者と労働契約を締結する際の留意点である。法人税法上、法的代表者に関連する人件費の損金否認リスクや法的なリスクを回避するためには、本稿で述べたような事項への適切な対応が求められる。2021年1月1日から労働法および企業法の改正法がそれぞれ発効する。この2つの新法により、今後本稿に関連するいくつかの内容が修正・明確化される可能性があるため、引き続き法令の動向を監視し、変更点があれば引き続き更新したい。

参考文献
労働法 10/2012/QH13号
労働法 45/2019/QH14号
政令第 05/2015/ND-CP号
企業法 68/2014/QH13号
ベトナム民法 91/2015/QH13号
政令第 143/2018/NĐ-CP号

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