外国人雇用におけるベトナム強制保険
2026/03/17
- I-GLOCAL.CO.,LTD ハノイ事務所
- 公認不正検査士
- 鹿島妃里子
エグゼクティブサマリー
① 2024年社会保険法および政令219号により、ベトナム法人から給与を受け取る駐在員は「社内異動」区分での労働許可証取得が認められなくなり、強制保険への加入義務が新たに生じるケースが増加している。
② 保険料の総負担率は月額30%(会社20.5%・個人9.5%)だが、帰任時に申請できる一時給付金還付制度を活用することで、実質的な企業ネットコストは大幅に圧縮できる。
③ 一時給付金の申請は「一人一回」のみで、雇用契約終了後の最終的な帰任時に申請する。受給額は社会保険の納付期間に応じて算出され、外国人本人または委任者のベトナム国内口座で受給する。
はじめに
ベトナムで外国人を雇用する企業にとって、強制保険制度は単なる法的義務にとどまらず、雇用設計・コストマネジメント・コンプライアンスに直結する重要な要素である。労働許可証の発給区分や雇用契約の形態によって強制保険加入の要否が分かれるため、制度の正確な理解が欠かせない。
本稿では、外国人が強制保険に加入する典型的なケースと保険料の構造から、帰任時の一時給付金還付申請の実務までを解説する。
1. 外国人が強制保険に加入するケース
1.1 外国人がベトナムで加入する強制保険の種類
2024年社会保険法(Law No. 41/2024/QH15)および2024年改正健康保険法(Law No. 51/2024/QH15)に基づき、以下のすべての条件を満たす外国人はベトナムの強制保険制度の対象となる。
| ☑ 外国人が強制保険の加入義務に該当する条件 ✓ベトナムで発行された労働許可証(または免除証明)を有する ✓ベトナム法人との雇用契約を12カ月以上締結している (労働許可証の勤務形態が「ベトナム法人との雇用契約」である) ✓雇用契約締結時点で定年年齢に達していない (2026年時点では、男性が61歳6カ月、女性が57歳) |
強制保険は以下の3種類で構成され、外国人の場合は社会保険と健康保険を支払い、失業保険は免除される。
1.2 強制保険に加入する外国人の典型的な2パターン
| ケース1:ベトナム法人との雇用契約(現地採用) |
| ベトナム法人に直接採用され、雇用契約を締結した外国人は、ベトナム人従業員と同様に強制保険への加入義務が発生する。 |
| ケース2:労働許可証の発給区分が「社内異動(または海外組織出向)」の条件を満たさない駐在員 |
| 労働許可証の制度概要を規定する2025年8月施行の政令第219/2025/ND-CP号により、「社内異動」として労働許可証を取得する場合、給与・手当等はすべて外国本社から支払われることが前提とされ、ベトナム法人からの給与支給は認められないとの整理が示された。そのため、従来のように損金算入要件を満たすために形式的な雇用契約を締結する対応は、社内異動区分との整合性に矛盾する。この結果、ベトナム法人から給与を受け取る駐在員については、社内異動ではなく、「ベトナム法人との雇用契約」の区分で労働許可証を取得し、ベトナム法人から支払われる給与に対しては強制保険に加入する必要がある。
ケース2の該当可否における自社判断チェックリスト よくある質問 |
以上を踏まえると、今後はケース2に該当する企業が増加することが見込まれる。強制保険への加入は一定のコスト増加を伴うものの、税務・社会保険調査におけるコンプライアンスリスクの軽減や、法令遵守体制の明確化といった側面からは、企業にとって安定的な事業運営につながるメリットもある。
2.強制保険の負担割合と企業コスト
保険料の構成と負担割合
外国人の保険料は「社会保険」と「健康保険」で構成され、会社・個人双方が定められた割合で負担する。このうち「社会保険」は、日本の厚生年金に相当する制度であり、ベトナム人は定年後に年金として受給するのが原則である。一方、外国人の場合は、帰任する際に、一定の条件を満たせば積み立てた保険料を「一時給付金(還付)」として前倒しで受け取ることができる。この制度を活用することで、実質的な企業コストは大きく圧縮される。
強制保険の計算基礎金額の上限は、公務員基礎賃金の20倍で、現在は 46,800,000 VND(月)となる。計算基礎金額を上限金額とした場合の保険料の負担割合と、還付を考慮した実質コストは以下のとおりである。
| 社会保険 | 健康保険 | 合計 / 月 | 年間 % | 年間金額 (VND) | |
|---|---|---|---|---|---|
| 会社負担 | 17.5% | 3.0% | 20.5% | 246% | 115,128,000 |
| 個人負担 | 8.0% | 1.5% | 9.5% | 114% | 53,352,000 |
| 合計 | 25.5% | 4.5% | 30% | 360% | 168,480,000 |
| 一時給付金還付 | — | — | — | ▲ 200% | ▲ 93,600,000 |
| 会社 ネットコスト | — | — | — | 160% | 74,880,000 |
| ☑ワンポイント解説 ✓「一時給付金還付」は、1年あたりに計算基礎金額(月額)の2か月分が還付される制度(第3章参照)である。本表では、計算基礎金額(月額)を100%とした場合の年換算表示としているため、「2カ月分=200%」と記載している。 ✓ 第1章のケース2(ベトナム法人から給与を受け取る駐在員)は、駐在員の手取り額を保証する運用上、会社が「会社分+個人分」双方を負担するケースが多い。 |
強制保険は「単なる支出」ではなく、帰任時の還付制度を通じて「後から戻ってくる一部のコスト」として位置づけることができる。制度を正しく理解し、還付制度を前提とした設計を行えば、実質的な企業負担は想定以上に抑制可能である。
3. 一時給付金還付制度の概要と実務
3.1 一時給付金還付制度の申請条件
2024年社会保険法および関連法令に基づき、外国人は以下のいずれか1つに該当する場合に社会保険の一時給付金を申請できる。
| 申請条件 |
| ① 定年になったが、加入期間が15年未満 ② 年金受給条件を満たすが、ベトナムから完全に出国する ③ 定年前にベトナムでの雇用契約が終了した ※外国人がよく該当する項目のみを抜粋している。 |
| ☑ワンポイント解説 ✓申請は「一人一回」のみ。ベトナム国内で転職・継続勤務の予定がある場合は、最終的にベトナムから出国する際に申請するのが賢明である。 ✓ 「社会保険」の中には「年金」「疾病」「労災」などの項目が含まれており、一時給付金の還付対象となるのは「年金」部分に限られる。この年金部分の納付は2022年に開始したため、外国人が申請できるのは 2022年以降の勤務分からとなる。 |
3.2 受給金額の算定
受給金額は、これまでに納付した保険料と納付期間に応じて、以下のように計算できる。
| 納付期間 | 計算式 |
|---|---|
| 1年以上 |
計算基礎金額 × 2カ月 × 納付期間(年)
※納付期間2年、計算基礎金額が上限の場合:
46,800,000 VND × 2カ月 × 2年 = 187,200,000 VND
|
| 1年未満 |
計算基礎金額 × 勤務月数(2カ月は超えない)
※勤務月数が2カ月以上12カ月未満の場合は「2カ月分」となる。
|
| ☑ワンポイント解説 ✓納付期間が1年以上であっても、「2年3カ月」のように端数月を含む場合がある。 旧通達(通達59/2015/TT-BLDTBXH第19条4項)では、端数月の取り扱いについて以下の計算方法が規定されていた。 ・1カ月~6カ月:0.5年として計算 ・7カ月~12カ月:1年として計算 (例:2年4カ月 → 「2.5年」、3年9カ月 →「4年」として計算)✓最新法令(通達12/2025/TT-BNV)では当該規定は削除されているが、実務上は旧規定に基づく計算方法が引き続き参照されるケースが多い。詳細は管轄の社会保険局への確認を推奨する。 |
3.3 企業と外国人の双方が留意すべき実務ポイント
社会保険の還付申請は、原則として雇用契約終了後に取得可能な書類をもとに行うこととなる。
しかしながら、帰任後に対応しようとすると必要書類の取得や手続に時間を要する可能性があるため、帰任日までに必要な準備を完了させておくことが重要である。
<帰任までのTo Do>
| 帰任2カ月前 | 帰任1カ月前 | 帰任(雇用契約終了)後 |
|---|---|---|
| ✓ 申請条件の確認 ✓ 受給額の試算 |
✓ 必要書類の準備 ✓ 還付金を受給するベトナム口座の確保 ✓ 委任状の作成・公証 |
✓ 委任者経由で申請 ✓ ベトナム口座で受取 ✓ 海外送金 |
その他、企業と外国人の双方にとって不明点が生じやすい事項を以下の通りまとめた。
<実務上問題になりやすいポイント>
|
🏢 A
会社が個人負担分も納付していた場合 ✓ 還付金を受給する権利はあくまで外国人個人にある。
✓ 個人が受給後に会社に戻す場合は、合意書を証憑として残すことを推奨。 ✓ 還付金を会社に戻す場合は、法人税上は収益扱いとして処理されるリスクがある。 |
👥 B
還付金の受け取り ✓ 還付金の受け取り口座はベトナム国内口座に限定される。
✓ 還付金の受け取りを理由に帰国前にベトナム口座を閉鎖しない場合の取扱いは、取引銀行に要確認。 ✓ 外国人本人が出国済みでベトナム国内口座を閉鎖済みの場合は、委任者による申請・受給を検討できる。 |
|
📄 C
委任による手続き ✓ 委任状をベトナム語で作成し、外国人本人署名部分の公証が必要。
✓ 公証の方法は2通り: 1)ベトナム国内の公証役場:必要期間1日・数万ドン程度 2)出国後にベトナム大使館で領事認証:必要期間1週間程度・高コスト ⚠ 帰任前にベトナム国内で公証まで済ませることを強く推奨。 |
🏷️ D
還付金の海外送金 ✓ ベトナム国家銀行の外貨管理規制により、送金目的の証明が求められる。
✓ 受け取り側(日本等の銀行)もマネロン規制を強化しているため、送金前の事前通知が推奨される。 ✓ 送金の必要書類は、ベトナム国内銀行の社内規定により異なるため、事前確認を行う。 |
おわりに
強制保険制度の加入判断・コスト試算・還付申請の一連のプロセスを正しく理解することが、外国人雇用における健全な管理体制の第一歩となる。社会保険料を単なるコストとして捉えるのではなく、還付制度を視野に入れた実質負担の把握と、コンプライアンス面でのリスク管理の観点から制度を活用することが企業にとって重要である。制度変更の動向を継続的に把握し、自社の雇用設計に反映させることが求められる。
問い合わせ先
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