一名有限責任会社が関係者取引を行う場合の留意点
2025/10/23
- Nguyen Hong Thuan
はじめに
会社と関係者(役員・親会社・子会社など)との取引は、一般的に利益相反が起きやすい分野である。そのため、透明性の確保および会社の利益保護を目的として、法律上さまざまな要件が設けられている。本レポートでは、ベトナムに進出する多くの日本企業が管理の柔軟性から採用する「一名有限責任会社」(出資者が1社のみ)と関係者間で承認を要する契約・取引とその実施手続き、その他の留意点について解説する。
1. 関係者との契約・取引
2020年企業法によると、定款に別段の定めがない限り、会社と関係者との契約・取引は、以下の主体との間で行われるものを指す(第86条1項)。
(i) 親会社およびその関係者
「関係者」とは、所有・支配関係、経営・代表関係、家族関係(血縁・婚姻)に基づき、企業と直接的または間接的に結びつく個人または組織を指す(企業法第23条23項)。たとえば、親会社の子会社、親会社の法定代理人、その配偶者や子などが含まれる。
(ii) 親会社の経営者または経営者を任命する権限を持つ者、およびこれらの関係者
例として以下のケースが挙げられる。
・A社がB社の子会社であり、A社がB社社長X氏に資産を譲渡する場合。これは親会社の経営者本人に直接利益を与えるため、関係者取引に該当する。
・同じくA社が、B社社長X氏の配偶者と商品売買契約を締結する場合。家族を通じて親会社の意思決定に影響が及ぶため、関係者取引にあたる。
(iii) 会員、会社会長、社長または総社長、監査役およびその関係者
例として、会社が自社の社長X氏と車両賃貸契約を結ぶ場合、これも関係者取引に該当する。
企業法では関係者取引を一律禁止としていないものの、利害関係が発生するため、当事者が個人の利益を優先すれば会社に損害を与えかねない。例えば会社が借主となり、社長個人が貸主として自家用車を会社に貸し出す車両賃貸契約の例では、市場価格より高い賃料が設定されれば会社資産の流出につながる。このような事態を防ぐため、法律は承認手続きや価格の妥当性など、厳格な条件を定めている。
2.関係者取引の実施条件
関係者との契約・取引が有効と認められるためには、企業法第86条に基づき以下の条件を満たす必要がある。
・必要条件:会社と関係者の契約は、(i)会員会/会社会長、(ii)社長/総社長、(iii)監査役の承認を受けなければならない。
・十分条件:上記承認権者は、契約・取引が以下の要件を満たす場合にのみ承認できる。
(i) 当事者が独立した法的主体であること(独自の権利義務、資産、利益を有する)
(ii) 契約・取引の価格が「市場価格」であること。2023年価格法第4条4項によれば、市場価格とは需給関係および市場要因に基づき特定の時点・場所で形成される価格をいう。価格は会社が自ら設定することも、独立した評価機関に委託することもできる。
(iii) 契約が2015年民法や関連専門法に適合していること(契約主体の能力、合法的な内容、自発性、形式の適法性など)。
3.承認手続きの流れ
会社が関係者と契約・取引を行う場合、以下の手続きを行う必要がある。
ステップ1:通知
会社を代表して契約を締結する者は、関係者とその利害関係について、(i)会員会/会社会長、(ii)社長/総社長、(iii)監査役に通知し、併せて契約案または契約の主要内容を提示しなければならない。
ステップ2:承認
ステップ1による通知を受けた者は、通知日から10日以内に多数決により承認または不承認を決定する(各人1票、関係者本人は議決権なし)。承認の条件は前述の十分要件に基づく。
4.関係者との契約・取引が条件、手続き、順序に従わない場合の法律上の影響
企業法第86条5項によれば、上記の第2項および第3項で定められた条件や手続きに従わない取引については、以下のようなリスクが生じる可能性がある。
(i) 2015年民法に基づき、裁判所により無効とされる可能性がある。この場合、契約は効力を持たず、当事者は受領した利益を返還し、過失者は損害賠償責任を負う
(ii) 会社を代表して契約を結んだ者と相手方は、会社に対して連帯して損害賠償責任や利益返還義務を負う。
5.関係者との契約・取引を適切に実施するために必要な対応
法令遵守を確保しながら利益相反リスクを低減するため、会社は以下の対応が行われているかを確認し、未対応の項目がある場合は対応することが望ましい。
(i) 関連者リストを整備・定期更新する
早期に管理対象を把握し、漏れを防ぎ、規定違反となる契約締結を回避できる。
(ii) 価格査定会社に市場価格評価を依頼する
取引価格の合理性と透明性を確保し、会社に不利益が生じるのを防ぐとともに、法令上の「市場価格による」要件を満たすことができる。
(iii) 取引に関する通知・承認・書類保存に関する社内プロセスを構築する
社内で一元管理することで、取引の契約締結前に権限者の合意を確保しやすくなる。
(iv) 承認が必要な取引の価値および種類を定款に規定する
対象取引の判断基準が明確になり、社内手続きのスムーズ化が期待できる。
おわりに
一名有限責任会社における関係者取引の規定は、透明性の確保、利益相反の防止、会社資産の保護を目的とするための重要な仕組みである。これを遵守することにより、取引の適法性が担保されるだけでなく、企業の信頼性とガバナンスも向上する。会社は、明確な承認プロセスと内部統制を構築し、関係者取引を適切に実施すべきである。
参考文献
・2020年企業法
・2023年価格法
・2015年民法
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担当:鹿島 妃里子 kiriko.kashima@i-glocal.com
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