Reportレポート

企業法改正案における「企業の実質的受益者」に関する規定内容

2025/07/28

  • Tran Thanh Phuong Thao

はじめに

財務省が検討を進めている企業法改正案(以下「改正案」)では、企業の実質的受益者に関する規定が新たに導入される見込みである。この動きは、企業経営の実態をより正確に把握しやすくするためのものであり、不正行為の予防や健全な事業環境の確保といった観点から、企業にとっても重要な意味を持つものである。本稿では、改正案の趣旨や制度の概要を整理し、企業が検討・対応すべき主な点を解説する。

1. 規定導入の背景と目的

企業によっては、実際に企業を支配している人物が出資や株式の名義に現れず、経営実態が外部から見えにくくなっている場合がある。このような構造は、企業側の意図によらずとも、経営の実態や所有関係の把握を困難にし、結果としてマネーロンダリングや脱税などのリスクを高める要因となっている。

こうした状況を踏まえ、改正案では「実質的受益者」を企業自身が把握し、その情報を適切に管理・報告する枠組みが設けられる。これにより、企業としてのガバナンスや情報管理の精度が高まるとともに、関係当局との円滑なやり取りや、誤解や不必要な指摘の予防にもつながることが期待される。

2. 実質的受益者の定義

改正案では、法人格を有する企業において「実質的受益者」を以下のいずれかに該当する個人と定義している。個人事業主として事業を行う場合など、経営者と事業資産が分離されていない形態については、対象外とされている。
企業の定款資本の25%以上を実質的に直接または間接的に保有する個人
直接または間接的に配当や利益の25%超を受け取る権利を持つ個人
「企業の支配権」を有する最終的な個人

ここでいう「企業の支配権」とは、資本または普通株式の過半数を直接または間接に保有し、取締役や代表者等の人事の選任、定款変更などを決定できる実質的な経営権限を指す。

これらの定義は、単に登録上の名義に基づく形式的な所有関係にとどまらず、企業の意思決定や利益の享受といった実態を正確に把握することを目的としている。

3. 実質的受益者に関する制度内容

3.1. 企業の義務

企業には以下のような義務が新たに課されることとなる。
実質的受益者情報の収集・更新・保存
実質的受益者情報の正確性・誠実性に責任を持つこと
保存場所(本店または定款で定められた場所)における記録の適正な管理

また、企業には実質的受益者に関する情報を、事業登録機関に対して通知する義務も新たに設けられる。

まず、企業の設立時点において実質的受益者が判明している場合は、その情報を事業登録機関に通知する必要がある。仮に設立時点で実質的受益者が存在しない場合であっても、該当する状況が後に発生した場合には、その日から10日以内に速やかに通知しなければならない。

次に、実質的受益者に関する情報に変更が生じた場合にも、企業はその内容を事業登録機関へ通知する義務を負う。なお、改正案の施行以前に設立された企業については、企業登録証明書の内容変更や登録情報変更の手続きを行う際に、あわせて実質的受益者情報の通知を行うことが求められる。

これらの規定は、企業に対して所有構造の透明化に関する責任を明確にし、名義貸し等によって実際の支配関係を隠すような行為、あるいは法的・財務的な責任の回避を防ぐことを目的としている。また、実質的受益者に関する情報が継続的に整備・保存されることで、国家機関による監査や確認の際にも、円滑な対応が可能となる。

3.2. 法的代表者の義務

企業の法的代表者に対しても、以下の点が義務付けられる。
自身または関係者が実質的受益者である場合の企業への通知
所轄機関からの要請に応じた実質的受益者情報の提供
企業が解散、破産、または事業を終了した場合には、所轄官庁による決定日から5年間、実質的受益者に関する情報を保管すること

これらの義務は、実質的受益者に関する情報を適切に管理するうえでの基本的な対応として位置づけられるものであり、後の誤解や確認漏れを防ぐためにも、企業として備えておくことが重要となる。

3.3. 実質的受益者の責任

実質的受益者とされた個人にも、以下のような責任が生じる。
自身に関する情報を企業に対して正確に提供すること
法令に基づき、企業による情報報告の正確性を担保すること
企業からの確認や報告に適切に対応することは、誤った情報に基づくトラブルを未然に防ぐうえでも重要である。

3.4. 国家機関による確認体制

実質的受益者に関する情報は、企業登録に関する国家情報システムに記録され、必要に応じて関係機関がその内容を参照できる体制となっている。企業登録機関には次のような役割が与えられている。
企業に対し、企業法(2020年法)に基づく実質的受益者情報の提出・更新状況について報告を求めることがある。また、情報の内容確認や照合が必要と判断された場合には、追加の報告や資料の提供を依頼されることがある。
企業が解散、破産、あるいは事業を終了した場合には、当該時点から少なくとも5年間、実質的受益者情報に関する情報が記録として保存されることになっている。

こうした仕組みにより、企業としても情報の整合性や保管状況を日頃から整理しておくことが、将来実施する手続きなどをスムーズに進めるうえで役立つと考えられる。

おわりに
改正案では、実質的受益者に関する定義や管理に関する枠組みが明確化され、企業統治や情報開示の透明性を高めることが目的とされている。新たに導入される各種規定により、企業、法的代表者、そして実質的受益者それぞれの役割や対応範囲が整理されることとなる。
今後、改正案が成立した場合には、各関係者が自身の立場に応じた対応を把握し、必要な準備を進めておくことが、企業運営において重要である。

 参考文献:
・2020年企業法
・企業法改正案

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